3


僕の想いが杞憂に終わらなかったのは、果たして僕にとって幸いだったのだろうか。

そのことは、今も分からない。


もしも、あの日。

泣いている優希を見付けなかったら。


いいや、そもそも。

あいつが優希を泣かすような男ではなかったら。


僕と優希はどうなっていたのだろうか。


幼馴染という肩書きさえ無くなるくらい、疎遠になっていたのかもしれない。

むしろ、そうなっていれば良かったのかもしれない。


それとも、そんな『もしも』なんていうのは全て意味のないことで。

何をどう足掻いても、未来は同じような結末を迎えたのかもしれない。


……そんなことを考えていても、仕方がないか。


あの日、泣いていた優希を見付けたのは僕だった。

その事実だけが全てなのだから。


あの日。

泣きながら研究室を飛び出した優希は、扉の前にいた僕に気が付くとまるで何事もなかったかのように笑ったのだ。


その気丈な様子に、僕の心は鷲掴みにされた。


あぁ。

彼女は一体、何度僕を惚れさせれば気が済むのだろうか。


どこまでも彼女に執着してしまう自分に呆れながらも、僕はしっかりと彼女の手首を掴んだ。


そして、そのまま僕は彼女を連れ去った。


後ろにいる人物の気配には、気付かない振りをして。

その人が優希を泣かせた男であることは明白だったが。


僕は、優希を自分の家に連れ帰ったのだ。


優希は僕の部屋に入ると、


「まさか、こんなタイミングで悟の部屋にお邪魔するなんてね」


そんなことを言って、気まずそうに笑った。


僕は何も言葉を返さず、ただ静かにココアを淹れた。

優希もまた、そんな僕の様子を気にするでもなく、ごく自然にローテーブルの前に座った。


僕の用意したココアを一口飲んで、優希はほっと一息吐いた。

その横で、僕も同じようにココアを飲んで、彼女の隣に座る。


どちらも口を閉ざしたままだ。


何を話せばいいのかも分からないまま、僕は隣にいる優希の存在を感じていた。

そのことに動悸が否応なく高まっている自分が嫌になった。


そんな僕の肩に、温かい何かが触れた。

はっとしてそこに視線を向けると、僕の肩に寄り掛かって眠る優希がいた。


「……全く、人の気も知らないで」


すやすやと眠る優希の鼻を摘んだ。

ちょっと眉を顰めた様子が大変に可愛らしかった。


そして、そのまま僕は優希をベッドに寝かせた。

それから彼女の実家にも連絡を入れた。


今夜はここに泊まらせてもよい、とのことだった。

一体、あの人たちは幼馴染の僕にどれだけの信頼を寄せているのだろうか。


まぁ、役得だと思うことにしよう。

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