2


その一年後、僕は無事に高校を卒業し、大学へと進学した。


優希と同じ大学だったのは本当に偶然だった。


そもそも、あの放課後以来、優希を避けるようになった僕に彼女の大学を知る術はなかったのだから。


優希と同じ大学に通っていると知ったのは、配属先のゼミが決まったときだった。


ゼミの研究室の扉を開けた先に、優希がいたのだ。


彼女の姿を久しぶりに見た瞬間、僕の息は止まった。


幻でも見ているのかもしれない。

最初はそう思った。


そして次に、彼女がここにいることに苦い気持ちが押し寄せてきた。


何故、まだ僕の前に現れるんだ。

理不尽にもそんなことを思った。


そんな僕の気持ちが顔に現れていたのだろう。


僕を見た優希は、少しだけ悲しそうな顔をした。

それから、申し訳なさそうに笑って、


「入学、おめでとう。またまた久しぶりだね」


優希の言葉に、その部屋にいた教授やゼミ生たちが不思議そうな顔をした。

そんな彼らに向かって、僕は自己紹介をする。


「佐久間悟です。優希さんには、小さい頃よくお世話になっていました」


僕の説明に研究室内にいた全員が納得したようだった。


「それはつまり、幼馴染ってことかい?」


優希にそう尋ねたのは、このゼミの教授だった。

優希は朗らかに笑って、頷いた。


「はい、そうなんです」



その日の帰り道、僕は優希に声をかけられた。


「悟、待って」


優希が僕に向かって駆け寄ってくる。

彼女の息が整うのを待って、僕は足を踏み出した。


「また、帰り道だね」


どこか楽しそうにそう言う優希。


「うん、そうだね」


「実家から通っているの?」


「いや、一人暮らし」


「そうなんだ。いいなぁ、一人暮らし」


今度、来る?

なんて言葉を飲み込んだ。


これだから、嫌なんだ。

彼女といると、思わず欲望が口を吐いて出てくる。


そして、自分でも気付いていなかった自分の欲望を思い知らされる。


それはまるでいつまで経っても落ちない、染みのように。

僕の心を蝕んで、離してやくれない。


消えない初恋は、どうやったって消えないのかもしれないけれど。

それならいっそのこと、粉々にでも壊してしまえればいいのに。


そんなことすら出来ない僕は、ただの臆病者だ。


「彼女さんとは、うまくいっているの?」


無邪気にそう問いかけてくる優希。


どこまでもうざったくて、どこまでも嫌いになりたいのに。

もう、忘れられると思っていたのに。


「……会ってしまったら、意味がないじゃないか」


「え?」


「いや。……彼女とは別れたよ」


「え、そうだったの? なんか、ごめん」


「随分と前のことだし、円満に別れたから。優希が心配するようなことは何もないよ」


僕の言葉にちょっとだけ安心したように優希は笑った。


少しの沈黙の後、今度は僕が口を開いた。


「優希は? 恋とか、してんの?」


「えぇ。ないない」


彼女は即座にそう答えた。

だからこそ、僕は気付いてしまった。


幼馴染である僕だからこそ。


優希は恋をしている。

それも、僕には言えない相手に。


喉元が焼けるように熱くなって。

マグマみたいな熱の塊が、僕の全身を駆け巡った。


思わず、拳を握りしめた。

優希には気付かれないように、こっそりと。


これが嫉妬なのだろう。

醜いほどの激情とは裏腹に、僕の思考回路は冷静だった。


いつか、その男に泣かされるようなことがあったら……。


だけど、隣で照れたように笑う優希の姿にそんな邪な想いは飛んで消えた。


残されたのは、切なさだけだった。

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