第9章 風の行方

9-1

 2つの風は、ぐるぐると回り、うねうねとうねった。

 木々は、その風に翻弄され、右へ、左へと大きく揺れている。


『お前が私に勝てるわけがない』


 ひゅうう、ひゅうう、と風に混じって声がする。


『僕を見くびらないでください』


 ひゅうう、ひゅうう、と風に混じって声がする。


『祥太朗に、敬意と感謝を教えてくださって、ありがとうございました』


 ひゅうう、ひゅうう。


『魔法の使えない孫など、認められん』


 ひゅうう、ひゅうう。


『あなたは荒療治すぎるのです』


 ひゅうう、ひゅうう。


『人間は、眠ったままでは、生きられないのですよ』


 ひゅうう、ひゅうう。


『魔法使いになることだけが、祥太朗の幸せとは、限りません』


 ひゅうう、ひゅうう。


『それは、僕も同じです』


 ひゅうう、ひゅうう。

 ひゅうう、ひゅうう……。


 あんなにも荒ぶっていた2つの風は、少し弱まったようだった。

 木々は、穏やかに揺れている。

 風の音と、生き物のような木々の揺れにビビりまくっていた俺は、その場に座り込んだまま、動けなかった。


 いま、どうなってるんだろう。

 父さんは無事なんだろうか。

 俺が立派な魔法使いだったらなぁ。父さんのこと、助けてやれんのに。


 ひたすら膝を抱えて風がさらに弱まるのをじっと待った。

 何も出来ないから、もう、祈るのみだった。


 父さん。父さん。父さん。父さん。

 

「――父さぁぁぁぁあああんっ!」


 目を瞑ったまま顔を上げ、空に向かって叫んだ。


 涙の跡が残る頬を、冷たい風が撫でる。この風は一体どっちなんだろう。


 それを最後に、風は、止んだようだ。

 ゆっくりと目を開ける。


 満月は、何事もなかったかのように空にぷかりと浮かんでいる。


「祥太朗、待たせたね」


 背後から父の声がする。


 これは、本物の父さんなのか? それともじいちゃんなのか?


 信じたい気持ちもあるが、猜疑心が邪魔をする。振り向くのには、相当の勇気が必要だった。


 だってもし、背後にいるのが父だったとしても、それが本物かどうかなんて俺にはわからないんだから。


 じゃり、じゃり、という音が、近付いて来る。


 俺は、固く目を瞑り、膝を抱え、顔を伏せた。


 これがじいちゃんの方だったら、もう俺は殺されるのかもしれない。少なくとも、ここからはもう出られないだろう。そう思った。


 ぴたりと足音が止み、さぁっと衣擦れの音が聞こえた。どうやらは俺の左隣に身をかがめているようだった。


 無防備な俺の後頭部に、の手が触れる。


 ――殺される!


 そう思い、全身に力を入れた。


「そんなに怖がらないで」


 その手はさらさらと髪を撫でた。優しい声がする。


「僕だよ」


 頭の上に乗せられた手は、その重さを感じさせないように優しく髪を撫でている。髪のせいで体温は感じられないが、たぶん、温かいのだろう。


「佳菜子が待ってる。帰ろう」


 俺は目を開けて父の顔を見た。

 父は優しく微笑んでいる。

 祖父の時と同じ顔のはずなのに、さっきよりも優しい表情に感じられた。


 立ち上がろうとするも、まだ腰にうまく力が入らない。


 見かねた父が右手を差し出し、俺もその手を右手で掴む。

 しゅわっとしたスポンジのような感触が伝わってくる。自分の指先と同じ感触だ。それを確かめるようにもう一度ぎゅっと握る。すると、父も強く握り返してくれた。そして、そのまま自分の方へぐっと引き寄せ、俺を立ち上がらせた。

 優男のように見えて、案外力はあるようだ。


 父は、手を離す前にもう一度俺の右手を握った。やはり、指先の感触を確かめているかのようだった。


「頑張ったね、祥太朗」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る