6-2
★★★
「ちょっとちょっとー! おじさん天然過ぎ~!」
千鶴は話の間ずっと鼻血を噴き出さんばかりに興奮していた。そんな千鶴を見て、母も話に熱が入る。
父さん、アンタすげぇよ。萌え死ってのがあるなら、間違いなく、今日のこの家で死人が出るぜ。
「とりあえず、ちょっと落ち着け、特に千鶴。母さんもあんまり煽るなよ。冷たいお茶入れるからさ」
コップを3人分用意して、麦茶を注ぐ。時計を見るともう20時だった。
「なぁ、話も良いけど、もう8時だぞ。千鶴ん家、門限とか厳しくないのか?」
コップを手渡しながら聞く。
「今日はウチ親遅いから大丈夫。祥太朗の家に行くって言ってあるし。10時過ぎまで帰ってこないからさ、1人で家にいるより、逆に祥太朗ん家にいた方が安心なんだー」
「あら、そしたら10時ごろ2人で送りましょうよー、夜は物騒だし」
母も麦茶を受け取りながら答える。まぁ、そういうことなら、良いけどさ。
「おばさん、休憩もしたことだし、続き続き!」
千鶴はまだまだ聞く気のようだ。
「そうね。リフレッシュしたしねー」
そしてこっちも話す気満々のようである。
あと2時間。
腹をくくるか。俺は冷たい麦茶を一気に飲み干した。
★★★
口づけの一件により、どうやらこの魔法使いが結構な天然であることが判明した。
「まぁ、ふ、夫婦だしね。遅かれ早かれすることよね」
佳菜子はそう言って、平静を装った。
佳菜子はほとんど学校にも通うことが出来ず、目のせいで本もあまり読んだり出来なかったので、キスまでは何となく知ってはいたものの、その先のことについては正直わからない。
ただ、夫婦というものは同じベッドで一緒に眠るものだと。そうすれば自然と子供が出来るものなのだと漠然と思っていた。おそらく母親が生前にそう話してくれたのだ。
片や魔法使いはというと、こちらも見たことがあるものしかわからない。
そして、そういった書物等に目を通すこともなかった。
もちろん、夫婦生活は公開することでもないので、当然見たことがない。
彼が見たことがあるのは、せいぜい動物の交尾や植物の受粉程度だった。恋人たちの口づけの現場を目撃したのだってたまたまの偶然だったのだ。
なのでお互い一緒のベッドに入ったところで特に何をするわけでもなかった。
ただ、佳菜子は魔法使いの手を気に入ったようで、何度も優しく握っていたが。
ちなみに、この2人がそういった行為の何たるかを学び、実行に移すまでには2年かかった。それまでずっと手を握るのみで夜を過ごしていた。
翌朝、小さな台所で佳菜子は奮闘していた。昨夜のような食事では身体が持たない。料理の勉強はもう少し落ち着いてから頑張るとしても、とりあえず食べれるものを作らないと。
調理器具の使い方を魔法使いから習い、彼がどこからか持ってきた料理の本を見ながらやってみることにした。料理は女がするものだと、一緒に暮らしていたオジサンは『ばあさん』と呼んでいた女性にいつも言っていたのだ。どうやら彼の母親ではないらしいのだが、深く尋ねたことはない。
しかし、中級者以上を対象にしているその本では、佳菜子のような超初心者向けの具体的な指示、つまり、包丁の握り方や切り方、1カップが何CCなのか等の記載がなかった。
よって、出来上がったものは、魔法使いが昨夜作ったものとあまり変わらなかった。むしろ、それ以下かもしれない。佳菜子はしょんぼりしてそれらを食卓に並べる。
「ごめんね。あたしもいままでお料理なんてしたことなかったから」
「そんなことはないよ。僕が作ったものより何倍も美味しいよ。誰かに作ってもらえるって、こんなに嬉しいんだね」
無理をして食べてくれているのかと思ったが、おかわりまで要求するところをみると、そうでもないらしい。もしかして美味しいのかしらと食べてみるが、やっぱり美味しくない。
きっとこの人は気持ちを味わっているのだろう。それは嬉しかったが、妻として、料理の勉強はしなくては、と心に誓う佳菜子であった。
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