6-3

 オジサンの家へは、昨日と同様に空気の舟で行くことにした。

 のんびりとそよ風に乗って移動し、オジサンの家が近付いてからは2人で歩いた。


 昨夜、話し合いの結果、佳菜子の結婚相手が魔法使いであることはあえて言わなくてもいいんじゃないかという結論に達した。

 それに、普段の佳菜子への接し方から考えても彼女がいなくなって困ることも無いだろうし、そんなに深く追及してくるとも思えなかった。

 何より、魔法使いが「僕に任せて」と言うのだ。あまりの天然ぶりに若干不安はあったものの、悪いようにはならないだろうと佳菜子は高を括っていた。


 ただ、結婚相手の名前が無いというのもおかしいので、佳菜子が『信吾』という名前をつけた。

 それは小学校のころのクラスメイトの名前だったが、由来を聞いたことがあり、魔法使いにぴったりだと思ったのだ。

 漢字がわからなかったので、魔法使いに辞典を引いてもらい、探した。名前をもらったのは初めてだと、魔法使いはとても喜んだ。

 辞書をぱたんと閉じた後で、魔法使いは「そうだ」と言った。


「明日から字の勉強をしようか。僕が君の先生になるから」


 そう結んで、魔法使いは優しく微笑んだ。



 10分ほど歩いて、オジサンの家に到着した。車もあるので、彼が家にいるのは間違いないようだった。


 あたしのこと、探したりとかしたのかな。そう思うと胸が少し痛んだ。


 魔法使いがインターホンを鳴らす。

 佳菜子は以前のようにサングラスをかけた。魔法で見えるようになりましたとは、まさか言えないからだ。魔法使いは嘘をつくことに難色を示していたが、自分も普通の人間を装う以上、避けられない嘘だった。


「あいよ」と声がしてドアが開く。

 オジサンは見慣れない着流しの男を見て一瞬驚いた顔をしたが、隣に佳菜子の姿を見つけ、彼女を保護した人だろうと察知したようだった。


「佳菜子! お前どこほっつき歩いてたんだ! 心配かけやがって!」


 オジサンの怒声が飛ぶ。


「――ごっ、ごめんなさい!」


 ぶたれるのでは、と身をすくめた佳菜子をかばうように、魔法使いは彼女の前に進み出た。


「中へ入ってもよろしいでしょうか」


 魔法使いの声はいつものように優しかったが、拒むことが出来ない強さがあった。


「ど、どうぞ……」


 オジサンは客用スリッパを勧めたが、魔法使いはそれを断った。


「いえ、ここで」


 中へ入れろと言ったくせに、玄関で何をする気だと、オジサンは怪訝そうに魔法使いを見つめる。

 彼の家の玄関はそこそこの広さはあるが、3人もいるとさすがに狭かった。佳菜子も中に入り、後ろ手で戸を閉めると、さらに狭くなり、オジサンだけは上がり框に移動した。


 多少狭さが軽減されたその場所で、魔法使いはおもむろに正座をした。室内とはいえ、玄関である。革靴やらサンダルやらが無造作に並んでいる、そのお世辞にも掃除が行き届いているとは言い難い玄関タイルの上に、何のためらいもなく。その上等そうな濃紺の着流しが汚れてしまうのでは、と佳菜子は気が気ではなかった。


 しかし自分だけが突っ立っているわけにもいかないだろうと、佳菜子もあわててしゃがみ、身を低くする。さすがに正座までするスペースはなかった。


 そして魔法使いは、そのままの姿勢でオジサンの目を見据えて、言った。


「おとうさん、お願いします。娘さんを、僕にください」


   ★★★


「出たー! 出ましたーっ!」


 女性陣のテンションはMAXだった。

 千鶴に至っては、しきりに鼻を抑えている。興奮しすぎて、本当に鼻血が出そうなのだろう。


 おい、父さん。この破壊力何なんだよ。

 俺、いろんな意味でアンタを超えられそうにねぇよ。


 俺はもう反応するのさえ億劫で、無言で立ち上がると、麦茶のおかわりを全員分注いだ。


 飲まなきゃやってられない。


 アルコールでもないのに、そんな気分だった。

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