5-4

 いつもは2人だけで囲む食卓。

 今夜は千鶴も含めて3人の夕食である。

 残ったもう1つの椅子に、父が座っていれば最高なのに。そう思いながらも、いつもよりにぎやかな晩餐だった。


「いやー、まさか祥太朗のお父さんが魔法使いだなんてねー」


 千鶴は、びっくりするぐらいあっさりと信じた。母の説明がうまいのだろうか。それとも千鶴が純粋すぎるのか。


 大役を果たした母はというと、にこにことデザートのプリンを、少しずつ少しずつ削り取るようにして食べている。その方が長く味わえていいのだと言う。

 だったらいっそ2個でも3個でも食べればいいのに、と思うのだが、女性陣曰く「そういうことじゃないの!」らしい。いつのまにそんな距離を詰めたんだ、こいつらは。


「――で? 祥太朗の特訓の方はどうなってんの?」


 早々とプリンを食べ終えてしまった千鶴が聞く。


「そう! そうなんだよ! すっかり忘れてたけどさ。千鶴が来る前に、水の量を増やすことに成功したんだって!」


 そう、何やらいろいろなことが起こりすぎて、すっかり忘れていたのだ。


 食器棚からコップを1つ取り出し、半分くらいの水を注ぐ。女性陣の注目を集めながら、ゆっくりと右手の指先をコップの中へと入れた。


 目を瞑って、指示は具体的に、だったよな。


 えーと、それじゃあ、水よ、増えろ。

 溢れない程度に増えろ。

 俺の水分を使って、溢れない程度に増えてくれ。


 そう念じながらゆっくりと水をかき混ぜる。おかしい。あんまり増えてる感じがしない。

 ちらりと目を開ける。

 コップの水はまだ増えていない。


「あれ? さっきは増えたんだけどなぁ」指を抜いてぺろりと舐めてみる。


「――しょっぱ!」何だよ。塩味の方かよ!


 母はニヤニヤと、千鶴は不思議そうに俺を見つめている。


「まぐれだったんじゃなーい? それかぁ、幻覚ぅ?」


 ウヒヒ、とわざとらしく嫌な笑い方をし、母は塩分補給用の塩飴を投げてきた。


「――っとぉ! まぐれかもしれねぇけど、幻覚はねぇよ! ……たぶん。そう思いたい……」


 予期せぬ塩飴をギリギリでキャッチする。千鶴の前でこれ以上カッコ悪い姿は見せられない。


「でもすごいじゃん! それ、普通の水だったよね? 本当にしょっぱいの? あたしも舐めてみていい?」千鶴が手を伸ばす。


「――い、いやいやいやいや、このしょっぱいのって俺の汗っつーか、そういう成分だから! 絶対ダメ! ダメダメダメダメ!」


 慌てて千鶴の手の届かないところにまでコップを移動させる。

 

「ちぇっ、魔法の塩水、舐めてみたかったのに。でもさ、さっきは量が増えたんだよね? 今回はどうして駄目だったのかねぇ」


 そう、たしかに水は増えた。さっきと何が違ってたんだろう……。塩飴を口の中に放りつつ、うつむいて考え込む。

 この悶々とした空気を換えようとしたのだろう、千鶴が母に話しかけた。


「おばさん、おじさんのお話、もっと聞かせてくださいよ。ラブラブエピソードとか」

「ラブラブエピソードだなんてー、何か照れるわー」


 両手を頬に当てて首を横に振る。得意の乙女ポーズだ。息子からはまずリクエストされない内容だけに、嬉しくて仕方がないのだろう。


「写真とかはないんですか?」

「ざんねーん、写真はないのよ。ていうか、試してはみたんだけど、写らなかったのよね。あーん、お見せできないのが悔しいわー。ほんっとーに、良い男なのよぉ~! いま風に言うと、イケメン? ってやつ?」


 千鶴は残念そうにしていたが、俺も残念だった。俺はどうやら母さん似らしいし、父さんの顔ってどんなんなんだろう。


「じゃあじゃあ、胸キュンなエピソード、お願いしまーす!」

「そうねー、せっかくだし絵本に載ってない話がいいわよね。じゃあ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る