5-3

「ここ、俺の部屋。ちょっと散らかってるけど」

「おほー、これが男子高校生のお部屋ですかぁ。さぁーてさて、エッチな本はどこに隠してあるのかなぁ?」


 千鶴はちょっとおどけてみせた。そして、ベッドの脇の段ボールに目をつけ、


「ちょっと……これは……多いんじゃない?」と言った。


「そういう本じゃねぇよ!」

「ああ、これが続きなんだね。何か意外だなぁ。祥太朗も絵本好きなの?」


 千鶴は早速『いだいなるまほうつかいシリーズ② いだいなるまほうつかいの およめさんさがし』を手に取った。パラパラとめくり、あっという間に読んでしまう。

 何せ対象が幼児向けなのだ。本来は、魔法のヒントがあるかも、なんてじっくりじっくり読むような本ではない。


「はー、やっぱり素敵な本だね。絵も可愛いし、この魔法使いの優しい感じが良いんだよね」


 そう、素敵なお話なのだ。

 問題はこれがノンフィクションだってことだけで。


「祥太朗はどこまで読んだの? ③まで? じゃあたしも③で止めとく。持ち主より先に進んじゃうのは失礼だもんね。次は…『うみの けっこんしき』か。なーんかロマンチックー」


 ひゅーうと奇声を発して、千鶴は3冊目を読み始めた。やはりこれもあっという間に読み終える。


「お母さん、ほんとロマンチストだね。魔法使いさんマジ紳士だし。ね、これってモデルとかいるのかな? 案外祥太朗のお父さんだったりしてー!」


 その言葉にどきりとした。

 こいつまで何でこんなに鋭いんだよ。


 目を見開いたまま固まっていると、千鶴に肩をとんとんと叩かれてしまう。


「ねぇ、冗談なんだけど。なんか最近真に受けすぎじゃない? 笑い飛ばしてくれたりしないの?」

「――お? おう、そうだよな、そんなわけないじゃーん。俺の父さん、ぜんぜんこんなんじゃねぇよ」


 父さん! ごめん!

 ていうか見たことねぇけど!


 無理に笑って否定したものの、千鶴は納得してない様子である。


「やっぱり変だよ祥太朗。ウチで宿題やった時から変。まだ馴れ初めのこと引きずってるの?」


 さっきまでのおちゃらけた態度はどこへやら、真剣な表情で千鶴が詰め寄ってくる。


「話してよ、祥太朗。あたしたち、隠し事するような仲じゃないじゃん」

「仲って……。……だろ? ……まだ……」


 もしかしたらいまこの瞬間が告白のタイミングだったのかもしれない。頭の片隅にはそういう考えがたしかにあった。『いまだ! 言っちゃえよ!』そんなゴーサインも聞こえてきた。


 でも、口から出た言葉は『友達』だった。さっきの千鶴の言葉を借りて『まだ』と言ってはみたものの、果たして千届いたものか。


「そっか……。そうだね。友達だったよね、ごめんね、何か……」


 千鶴は笑ってはいたが、明らかにがっかりしている様子だった。


 バカヤロウ、俺! 

 何か気の利いたこと言えよ!

 千鶴のこと、好きなんだろ?


「いや、だから……、俺ちゃんとまだ言ってねぇから。その……好き……とか」


 語尾はどんどん小さくなっていった。『好き』なんてほとんどささやき以下だった。


「はぁ? 聞こえないよ。もっと大きな声で言いなさいよ! 男の子でしょ!」


 千鶴が煽る。


「うるせぇ! 好きだ! これで文句ねぇだろ!」


 俺は思わず声を張り上げた。


「ひっどーい。何で愛の告白で怒鳴るのよ!」

「お前が大きな声で言えって言ったんだろ! 返事は? どうなんだよ!」


 こうなりゃあとは勢いである。


「遅いよ! ずっと待ってたんだから! あたしだって好きだよ! ばか!」


 感動的なカップル成立を夢見ていたのに、何なんだよ、この展開は。


 千鶴の方でも同じ思いだったのだろう。がっくりと肩を落とし、「もうちょっと素敵な感じがよかったね」と苦笑している。


 そんな千鶴につられて俺も「ハハハ……」と力なく笑った時、「ばばーん!」という声と共に勢いよくドアが開き、母がトレイに冷えた麦茶を載せて入ってきた。


「まぁ、そういうのも青春なんじゃなーい? はぁい、大声出したら喉乾いたでしょ?」

「か、母さん? いつからいたんだ? っつーか、ノックくらいしろよ!」

「うーんとね、祥ちゃんが勇気と声を振り絞って愛の告白した時かなー。でも一応ノックはしたのよ? お2人さん白熱してたから聞こえなかったかもだけど」


 千鶴は、突然の母親登場に驚きすぎて声を失っている。


「やっとカップル成立したことだし、せっかくの記念日なんだから、ウチでご飯食べていきなさいよ千鶴ちゃん。祥太朗、彼女に隠し事も良くないわよ~」

「――え? あ、はい、いただき……ます」


 千鶴はそれだけ言うのがやっとだった。

 いただくのはこの麦茶なのか、はたまた夕飯のことなのか。

 『隠し事』というどでかい爆弾を残して、母は去っていた。

 今日のご飯はハンバーグ~という、へったくそな自作の歌を歌いながら。

 ハンバーグは俺と母の大好物だ。つまりは、御馳走という意味なのだろう。


 嵐のような母親が去り、部屋の中はまた静寂に包まれた。2人とも狐につままれたような顔をしている。


 しばしの無言の後、顔を見合わせて笑った。


「ほんっと祥太朗のお母さんって面白いね。びっくりしたし恥ずかしかったけど」

「そーだな、なんか変なムードだったのもどっか行ったしな」


 うん、まぁ、結果オーライなんじゃね? 無事告白も出来たし。


 ……いや、待て待て。隠し事って何だよ。あれか? 言っちゃっていいのか? それで引かれて振られる展開もあるんじゃねぇの? おいおい。頼む。聞こえてませんように!


 冷えた麦茶をぐびりと飲んで一息ついたらしい千鶴が俺に問う。


「それで、隠し事って?」


 やっぱり駄目だったか――――!!


 とりあえず、自分は説明下手なので母に説明させると約束し、ちっともロマンチックじゃないムードのまま、軽く口づけを交わした。唇を離した瞬間、2人同時にドアの方を見たことは言うまでもない。


 しかし、今回はそんな野暮な展開にはならなかった。

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