5-2

 いつもならリビングに入り、モニターで応対してから戸を開けるのだが、どうせすぐそこは玄関だ。とはいえ念のため、息を殺してドアスコープを覗く。

 そこには、制服姿の千鶴がいた。


「――え? 千鶴?」意外な来客に思わず声が出た。


「あれー? 祥太朗、そこにいるのー? ちょっと開けてよー」

「ま、待って、いま開けるから」

「祥ちゃん、お客さん誰ー?」


 リビングの方からは母ののんきな声がする。いつもだったら、「いるなら出ろよ」と叫ぶところだが、今回ばかりはそのものぐさに助けられたと思う。


「俺の友達! お茶とか俺やるから、母さんは出てくんなよ!」

 

 そう言いながら戸を開ける。


 面倒なことになるから、あいさつとかいらないからな。そう釘を刺す前に「お邪魔しまーす」と千鶴の明朗快活な声が玄関に響いた。

 こんな『いかにも女子』な声を聞いて、母が黙っていられるはずがない。


「ちょっとー祥ちゃん、お友達って女の子じゃなーい! ダメダメ、お部屋に通す前にリビングリビング! 一緒にお茶しましょうよーう!」


 ……やっぱりこうなるか。


「えーっ? 良いんですかぁ? やったぁ! おばさんとお話してみたかったんだ、あたし」


 そんで千鶴もやけにノリノリだし。

 これは腹をくくるしかない。


 リビングに入ると客用のコーヒーカップがすでに用意されていた。何とも周到なことで。こういう時は本当にテキパキしてるんだよな。


 上座に通された千鶴は、やや恐縮していた。しかしその態度もまた母の琴線に触れまくったらしい。「いまどきの子なのに!」としきりに感心していた。


 リビングではもっぱら女子トークに花が咲いていた。

 俺の仕事といえば、コーヒーのお代わりを注いだり、お菓子の補充をすることくらいで、「あれ? 千鶴って母さんの客だったっけ?」と錯覚を起こすほどである。


 でも、千鶴も母も楽しそうだ。


 特に母さんは女の子と会話をする機会なんてほとんどないしな。

 俺がもし女だったら、こうやってお茶したりしてたんだろうか。

 ……いや、ちょっと待て。最近はよくお茶してるよな、俺達。

 んー、じゃあ結果オーライなのかな?


 チョコレート菓子の個包装を破ろうとしたポーズのまま固まっている俺を、母と千鶴が不思議そうに見つめている。


「何だよ、2人して」

「何だよじゃないわよう。千鶴ちゃん、最近ぼーっとし過ぎなのよ、この子」

「そうなんですよ! 最近は学校でもこんな感じなんですよ!」


 とうとう徒党を組まれたようだ。

 父さん、助けてくれよ。2対1だぜ、分が悪いだろ。


「良いだろ。俺だっていろいろ考えることがあんだよ」


 そう言って、チョコレート菓子を口に放り込む。


「考え事って……。寝不足なのもそのせい? こないだも倒れたばっかだし、ちゃんと休まないと駄目だよ」


 千鶴が心配そうな顔を向ける。


「千鶴ちゃん、優しいわねー。良い子だわー。ね、ウチにお嫁に来ない?」

「えっ? いや、あたしたちまだそういう関係じゃ……」

 

 千鶴は顔を真っ赤にして否定する。


 まだそういう関係じゃない。ってのは、ちょっと期待して良いんだろうか。


「だーいじょうぶよ。あたしもそんな感じだったしー! そもそも――」


 ……やばい!


「そ、そぉ――だっ、千鶴! お前こないだ『いだいなる魔法使い』の続き読みたいって言ってただろ? 俺の部屋にあるからさ、読まね? 行こう!」


 そう言って、強引に千鶴の手を取った。

 あのまま放置したら、父さんがどうとか魔法使いがどうとか絶対話し出すぞ、あれは。


 良かった! 俺の部屋に段ボール運んでおいて。


「ちょっと、祥太朗! おばさん、すみません。ごちそうさまでした」

「あらら、もう行っちゃうのね。またお茶しましょーね、千鶴ちゃーん」


 母はにこやかに右手をひらひらと振った。


 リビングを出て、玄関を通る。階段を上る手前で手を離す。


「ごめんな、なんか。うるさい母親で」

「そんなことないよ、面白いお母さんだね。間近で見るとやっぱり若くてきれいだし。ね、祥太朗はお母さん似なんじゃない?」「顔はな」


 とんとんと階段を上る。


 そういえば、さっき千鶴の手を取ったのは右手じゃなかったか。

 ばれてないか? 大丈夫かな。

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