4-2
「俺のせい? 俺が泣いたから? いやいやいやいや! 生後半年の赤ん坊なんて、ちょっとしたことでもすぐ泣いちゃうもんじゃねぇか。父さんのことが怖くて泣いただなんて言いきれないだろ? 何でだよ!」
「父さん、真面目だからねー。あの時、突然すぎてあたし何もしゃべられなかったけど、たぶん、どんなに止めても、どんな言葉をかけても父さんは姿を消してたと思うわ」
母はコーヒーを飲み干し、カップをシンクへ運ぶべく立ち上がった。
「……俺、母さんがしょっちゅう鏡に向かって笑ってるの、単なるナルシストなんだと思ってたよ。それって父さんに対してだったんだな。キモいとか思っててごめん。それに、ほとんど家にいて俺としか会わないのに薄化粧してるしさ。化粧する時に鏡を使わないわけもわかったよ。父さんにすっぴん見せたくないからだな?」
「母の乙女心、馬鹿にするんじゃないわよ」
「してねぇよ」
父が消えたのは、俺のせいだったのか。
赤ん坊の俺には、父さんがどんな風に見えてたんだろう。
恐ろしい化け物みたいに見えてたんだろうか。
でも、もう怖くなんかないからさ、もう良いよ、出て来てくれよ、父さん。
母さん、いつも明るいけどさ、絶対寂しがってるからさ。
「――ねぇ、いま父さんに出て来いよとか話しかけてない?」
俺に背を向けたまま、母は言った。相変わらず、嫌になるほど鋭い。
「まぁ、一応、さ」
この母には隠しても無駄だと思い、正直に白状する。
「良いのぉ? 本当にいま出て来ても。もしかしたら、アンタが思ってる以上におぞましい姿で出てきちゃうかもよ~」
おぞましい姿、という響きに、一瞬身を固くする。
俺ってやっぱりビビりかよ。畜生。
「だっ、大丈夫だよ。着流しの30代のおっさんだろ? ぜんっぜんヘーキだし!」
穏やかに、絵本のような口調で話す、着流しの男。そう考えるとぜんぜん恐ろしいとは思えない。
「人型で現れるとは限らないと思うけどね。それに、例え人型でも、にじみ出る恐ろしさってあるものよ~? ま、本当に出て来てくれるかはわかんないけど、覚悟だけしといたら?」
「わかってるよ」
そう言って、俺はダイニングを出た。
部屋に戻る前に母の部屋に向かった。未読の絵本を段ボールごと自分の部屋に運んでしまおうと考えたのである。未許可だが、まぁ問題はないだろう。
だって、読めって言ったのは母さんなんだから。
中身がぎっしり詰まっているので結構重い。引きずりながらも何とか自分の部屋へと移動させた。
これでいつでも読める。
待ってろよ、父さん。近くにいるのはわかってるんだ。ちゃっちゃっと見つけてやっからな。
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