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「ねぇ、母さん。コーヒーはまぁ、チャレンジしてみるけどさ、その前に色々聞かせてほしいんだけど、父さんのこと」


 コーヒーのお代わりがもらえると(決まったわけではないのだが)聞いて、母さんはにこにこしながら自分の飲みかけのカップを俺の目の前にずずず、と移動させた。


「何が聞きたいの?」

「うーんと、まずさ、父さんって一体いくつなの? ってまぁ、いまも年は食ってんだろうけど、その、当時っていうかさ」


 『年を食う』というフレーズから、父が大きな竜にでもなって、ぼんやりとした形のある『年』というものを頭からバリバリ食らう姿をついつい想像してしまう。

 最近やったゲームの影響からか、その竜はやけにおぞましい姿になってしまい、改めて、自分の父親が人外であることを認識し、ぶるりと身震いをした。


「年? 年はいくつなのかしらねぇ。だ―――――いぶ長生きしてるとは思うけど、人型になる時は見た感じ30代くらいだったかな。誰をお手本にしてるのかはわからないけど、何でかいつも着流しだったのよね。もしかして江戸時代とかそれくらいから生きてたりしてね。あ――……、でも、さすがに髷は結ってなかったわ。じゃあ、明治とか? でも明治生まれの魔法使いってなんか相当若造な感じよね」


 妻でも年はわからないのか。

 でも、その前に気になることがある。


「じゃあ年はいったん置いといてさ、父さんって日本人……『人』てのはちょっと変だけど、日本の魔法使いなの? なんか魔法使いって外国とかのイメージなんだけど」


 漫画でもゲームでも、そういうファンタジックな話はたいてい外国とか、架空の国とか、もしくは異世界とかで、名前もカタカナだったりするから、日本のイメージじゃないのだ。

 だからてっきり人型の父もサンタクロースみたいな風貌なんじゃないかと勝手に想像していたのだった。何だよ、着流しって。ナントカのローブとか、それっぽいの着とけよ。


「まぁ、『人』ってのはちょっと違うけど、まぁ、日本の魔法使いなんじゃない? 出会ったのももちろん日本だし」

「日本なのかよ! 絵本は思いっきり外国っぽい感じだったじゃんか!」


 絵本の中で2人が出会ったのは小さな村だったが、そこに描かれているのは、外国の写真で見るようなカラフルな家や、風車のある田園風景だった。

 だから漠然と、父と母はどこか遠くの異国の地で出会って、そして何かしらの理由があって日本に移住したのだと思っていたのだ。


「だって、その時の編集さんがそっちの方が良いって言ったんだもん。言っとくけど、出会ったのだって東北だからね。だいたい、母さんバリバリの日本人じゃない! あたし、英語なんてしゃっべれっませーん!」


 日本生まれの魔法使い……。

 出会いは東北……。

 まぁ、母さんが英語しゃべれないのは知ってたけど。

 でもほら、アニメとかだと魔法使いの方は何でか何語でも対応出来たりするじゃんか。


 何だか思ってたのとだいぶ違ってきた。魔法使いと言うより、仙人と呼んだ方がしっくりくるような。


「じゃ、じゃあさ、父さんの名前って何ていうの?」

「名前ぇ? 父さんに名前なんて無いわよ。でも、人型の時はさすがに名前が無いと怪しまれるから、母さんが名前をつけてあげたの」

「何て?」

われを信じると書いて『信吾』。信吾さんって呼んでたの。父さんはね、偉大な魔法使いだったけど何かいつも自信なさげだったのよね。自分が周りから必要とされているかをいっつも気にしているような感じ。だからね、もっと自信を持ってほしくて」


 信吾という名の、少なくとも明治から生きてる、着流しの魔法使い……。


 どんどん自分の思い描いていた魔法使い像とは違ってきたなぁ。

 ――あ、でも、俺だってこのまますっげー長生きしたらそうなるんだよな。祥太朗って名前の、平成生まれの、魔法使い。父さんが着流しなら、俺は差し詰め学ランってところか。


 ……ちょっと待て。

 俺っていつまで長生きするんだ?

 友達とか、彼女とか、普通の人間だったら、確実に俺より先に死んじゃうんだろ?

 年……は取るとしても、見た目はどうなんだろう?

 同窓会とか参加しても回りみんなジジイなのに俺だけ30代とか、まずいだろ!


「ちょっとちょっと祥ちゃん、また黙り込んじゃってー。質問終わったんなら、コーヒー、やってみてよ。もちろん、出来なかったらちゃんとお湯沸かして作ってねん」


 母さんはにこにこと笑いながら、俺の前に置いたカップの縁を指先でつんつんと突いた。


「まぁ、やってみるけどさ」


 しぶしぶ母さんのカップを手に取り指を突っ込もうとすると「ストーップ!」というお声がかかる。


「きったなぁーいっ! ちょっと不衛生なんじゃなーいっ? 軽くで良いから手ぇ洗ってきてよね!」


 父さんにもそんなこと言ったんだろうか。などと考えつつ、へいへい、と返して一応、念入りに手を洗った。


 気を取り直して再度カップを手に取り、右手の指先を恐る恐る入れてみる。ガキじゃあるまいし、飲料の入ったカップに指を入れる、というのはいささか抵抗があるものだ。こんな目的でもなければ良い年した高校生の自分がやることではない。


 もしもこのカップからコーヒーが溢れてきたらどうしよう。


 絵本にはコップの水で町中が水浸しになったと書いてあったのだ。ビギナーズラックでもしかして、ということもあるかもしれない。


 コーヒーよ増えろ。

 もう一杯分くらい増えろ。

 増えても良いけど、溢れたりすんなよ。

 だいたいこの……上から2cm下くらいまでかな? うん、それくらいで良いか。それくらいに増えろ。ほど良く増えろ。


 最初はおっかなびっくりだったが、まったく変化がないので、もう少し勢いよく指でかきまぜてみる。


 増えろ――、増えろ――。もういっそちょっとぐらいなら溢れても良いぞ――。


 結局、十分ほど頑張ってみたが、まったくといっていいほど変化がなかった。


 そして、落胆する俺に母さんはというと、にこりと笑って容赦なく「さぁってと、お湯を沸かしてもらおうかしら」との言葉を浴びせたのだった。


   ***


 夕食後、コップ一杯の水を持って、自分の部屋に戻った。


 何が違うんだろう。着眼点は良いと思ったんだけどなぁ。

 もっと読んで研究しないと駄目なのかなぁ。


 でも、まぁ絵本で良かったかな。

 母さんが小難しい小説家とかだったら無理だな、俺。

 あーでも、そっちの方が事細かに書かれてたりすんのかなぁ。

 どっちが良いんだろ、こういう場合。

 ま、そうは言っても絵本しかないわけだけど。

 あーマジ、父さん教えてよ。どうやったら魔法使えんだよ。

 頼む、ヒントくれよ。俺、ハーフなんだぜ? ハンデとかあっても良いと思わねぇ?

 このままだったら俺は長生きするかもしれねぇけど、母さんは、父さんに会えずに死んじまうかもしれねぇだろ。


 もちろん、父からのレスポンスが来ることはなく、ベッドサイドにコップを放置したまま俺は眠ってしまったのだった。

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