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『それなら あたしが およめさんに なるわ』 


『きみが? へぇ ほんとうに?』

 いだいなるまほうつかいは おどろきました


『あなた まほうつかいと いったわよね それなら あたしの この めも なおせるかしら』


『なおすことは できないけれど あたらしい めなら つくることが できるよ』


『つくるって むずかしい? あたし およめさんになって いっぱい はたらくから あたらしい めの おかねは それでもいいかしら』


『おかねなんて いらないよ でも ぼくの およめさんになるのなら ずっと ぼくといっしょに くらすことに なるのだけれど』


『もちろんよ』


『きみの おとうさんや おかあさんに あまり あえなくなっちゃうけれど いいのかい?』


『あたし おとうさんも おかあさんも いないわ ひとりぼっちは もう いやよ』 


「そうか――」

「――ストップ。絵本の語り口にしなくて良いよ、別に」


 明らかに子ども向けとわかる口調に、だんだんイライラしてきた。せっかく話は面白いのだから、さっさと進めてほしい。何だかんだ言っても、母の作った話は面白いと認めているのだ。


 言っとくけど、俺は産まれた時からの読者であり、アンタのファンなんだからな。


「そうね、じゃあこれはやっぱり児童書枠の方が良かったのかな? あーんでももういまさらかなぁー。うーん、でも、ここはやっぱりいっそ全エピソードまとめて児童書にするか……」

「何だよ、やっぱり仕事じゃねぇか!」

「違うってばー! まぁ、続き聞いてよ」


 頬を膨らませながら、すっかり空になっていた俺のコーヒーカップにお代わりを作る。ミルクと砂糖の有無を聞かずにそれぞれ一つずつ入れた。

 もう子どもじゃねぇのに。そう思いながらも、慣れ親しんだ甘さが嬉しい。そんなことは絶対に言わないけど。


  ★★★

 

「そうか、君は両親がいないんだね。ごめんね、辛いこと思い出させちゃったかな」

「良いのよ、うんと小さいころのことだもの、忘れちゃった。あなた、いま悲しい顔してる? 声がすごく悲しそう。ねぇ、元気出して」


 娘は魔法使いの声がする方に身体を向け、手探りで彼の両手を見つけるとぎゅっと握った。その手は水の中で乾いたスポンジを握った時のような、しゅわっとした感触だった。あまり強く握ると手の中から空気が抜けてしまいそうである。


「不思議な手ね。魔法使いの手ってみんなこうなの?」

「他の魔法使いのことは知らない。僕も親がいないから。いるはずなんだけど、どこかへ消えちゃったんだ。自力で見つけられないと一人前じゃないんだって。そろそろ見つけても良いころなんだけど、お嫁さんを見つけてからにしようかと思って」

「あたしがお嫁さんで良いの?」

「君さえ良ければ」

「こんなにすんなりだなんて。もしかしてあなたは悪い魔法使いで、私のことさんざん太らせてから食べちゃうとかじゃないわよね?」

「そっちの方が、良かったかい?」

「――まさか! ううん、でもどっちでも良いかも。このまま生きてるくらいなら、いっそぺろりと食べられちゃった方が良いのかもね。……でももう一度、海が見たかったな、自分の目で」


 かすかに海の香りがする。娘はきっとこの香りを嗅ぎ取ったのだろう。とても悲しそうな声だった。


「海なら見れるよ、何度でも。本物でも、偽物でも、借り物でも、いつだって見られる。でも、君のその目じゃなくても良いかな。さっきも言ったけど、僕はその目を治せない。新しく作るなら出来るけど」

「そういえば、そうだったわね。良いわ、この目じゃなくても。作ってちょうだい。どうやって作るの? 何から作るの? ネズミの目なんかは嫌よ、あたし」

「ネズミは使わないよ。いまここにいないし、それに――」


「僕の目から作るから」


  ★★★


「――は? え? どういうこと? 母さんの目って父さんの目から作られてんの?」


 ノンフィクションってことで良いと言ったものの、やはり信じがたい。すっかりお気に入りの絵本の新作を聞いている気でいたのだ。俺が真剣に聞いているので、母の方は上機嫌だったが。


「うふふ、そうよー。やっと信じてきたわね? それでね……」


   ★★★


「あなたの目を使うの? 駄目よ。今度はあなたが見えなくなっちゃうじゃない。良いわよ、この際ネズミでも何でも」

「僕の大事なお嫁さんだもの、他の物の目は使わないよ。僕なら大丈夫、ちょっといままでより見えにくくなるだけだから。ここから山の向こうまで見えてたのが、山の手前までになるくらいだよ」

「随分見えるのね、魔法使いって。でも、本当に、良いの?」

「大丈夫。それが結婚指輪の代わりでも良いかい? 実は、どこか身体の一部を使って、結婚指輪を作ろうと思っていたんだ。人間は、結婚する時に指輪を贈るものなんだろう?」

「一般的にはそうかも。でも、何よりも実用的だし、なくす心配もなくて最高だわ。結婚指輪の代わりなら、今日の日付と、あなたの名前、それから愛のメッセージなんかもちゃんと刻印してちょうだいね」


   ★★★


 刻印、と聞いて、さっきのショッキングな場面――すなわちそれは、抉りだされた目玉と、それによって露わになった右眉の下の空間である――を思い出してしまった。せっかくフィクションのおとぎ話を聞いていたつもりだったのに、現実に引き戻されてしまった気がした。


 母の方でも、やっと話が繋がってきたので、「それが、これよ」とまたも右目を取り外そうとしてやがる。「それはもう良いから!」とそれを全力で阻止し、でも、愛のメッセージ部分が何て書いてあるのか気になったので、教えてくれと頼んだ。


 まぁ、彼女の方では、直接見てほしいのに! とご立腹の様子であったが……。


『これからは同じ景色を見ていこう』


 どうやらそう書かれているらしい。


「何かもっと情熱的な感じかと思ったけど、結構あっさりした感じなんだな」

「そーお? 同じ目なのよ? これからもずーっと同じ景色を見られるなんて素敵じゃない?」


 同じ目……。

 同じ……景色……。

 それって、もしかして……?


「もしかして、それって、そのままの意味? その、何ていうか、共有してるっつーか」

「そうよー。気付くの遅くなーい? 母さんは、父さんの目で、父さんと一緒に、祥ちゃんの顔、いまもじーっと見てるのよ」


 そんなことを言って、母は真っすぐ俺を見つめた。何だか、心の奥底まで見透かされているようだ。この目に見つめられていたら、隠し事なんかすぐにばれてしまうのではないだろうかと思ってしまうほど。


 ――ん? 隠し事……? いま、何時だ……?


 俺は壁にかかった時計を見るなり、椅子から飛び上がった。


「ぅおっ! もう15時半じゃんか! やっべ! ごめん、母さん、続きは帰ってからで良い? ちょっと俺出かけるから! いろいろ突っ込みどころあるんだから、時間空けといてよ!」


 カップの中を確認する。良かった、全部飲んでた。残すのは性に合わないのだ。髪と服をチェックする時間がなくなってしまったが、この際仕方がないだろう。


 母はまだ中身の残っているカップを手に、口元に笑みを湛えて、


「いってらっしゃい。今日こそ告白しちゃったらー?」と俺の背中に向かって言った。


 何だよ、やっぱりバレてるのかよ。畜生。

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