武器

 終焉を迎えた世界――周りの景色を見て浮かぶのはそんな安っぽい言葉だ。道路は壊れた車が道を塞ぎ、道の端には誰かの血の跡がべっとりとこびりついている。

シン・・? どうしたの?」

 俺の少し後ろ……他人にしては近すぎて、知り合いにしては遠すぎる――そんな距離で俺の後ろを着いてきたココロが足を止めて周りの景色を眺めていた俺を不思議そうに見ていた。

 シン――という呼び名は、ココロが勝手に呼び出したものだ。心=シンという安直なネーミングではあったが、何故かココロはひどくこれにこだわった。

 こだわりの理由を聞くと「一緒だから」と目に力を込めて言ってきたのでそのまま承認。

 俺の新しい名前は『シン』となった。あまり前と変わっていない気もしたが、ココロがご満悦のようだったので良しとした。

「いや、ちょっと新鮮でな」

「新鮮?」

「ああ――こんな風にのんびりと歩いたことはなかったからな」

 世界が変わってから街を歩く時は常に何かを警戒して歩いていた。

 いや、正しくは怯えていたか。自分達を襲ってくるゾンビ共に。

 だが今はもう、奴等に怯える必要はない。むしろ、怯えるのは奴等の方だった。ここまで歩いていくるのに、何体かのゾンビと遭遇したが、俺がアクションを起こす前に逃げていった。

 まるで本能的に俺の『力』を恐れているかのようだった。臣下とやらを増やすいい機会だと思い、あえてゾンビ共の目につきやすいように歩いていたのだが、意味がなかったか……

「私も――新鮮」

「だろうなこんなに安全に歩くことはでき――」

「誰かと一緒にのんびり歩くこと、初めてだから」

 予想外の答えに面食らい、言葉に詰まる。何かを言おうと、言葉を探すが結局見つからず、俺はただ頷くことしか出来なかった。

「……行くぞ」

「うん」

 それっきり、目的地に着くまで俺達は一言も喋らなかった。だが不思議と居心地が悪い気はまったくしなかった。

 その理由は、あまり考えたくなかった。



「……」

 ゾンビとなり、臣下となった樋口達の案内の下、俺たちはとあるデパートの中にいた。入口はゾンビを入れないためのバリゲートが作られていたが、裏口の一箇所は意図的にバリゲートが崩され、中に入ることのできる道があった。恐らく、樋口たちはここから入っていたのだろう。

 それはいい。肝心なのはエレベーターの前にさしかかった時だ。

「……最悪だ」

 思わず呟く。

 『ソレ』は鼻が曲がりそうな異臭を放っていた。そして目を覆いたくなるような無残な姿を晒している。


 ――死体。


 そう死体だ。樋口達と同じ警官の服を着た成人した男の死体。それがエレベーターの前に吊るされていた。

「シン。どうしてあんなのがあるの?」

 表情を変えずに尋ねてきたココロに、俺は眉をしかめながら答えた。

「予想はつく」

 それも最悪の予想が。

「そうだろお前ら・・・?」

 俺の予想・・を証明するかのように、樋口たちはエレベーターの扉を開き、中に入っていった。

「ようはこれも入口にあったバリゲードと同じだ。誰も寄せ付けないためのものだよ」

「? でも、こんなの何の意味もない」

「ああ、確かにそうだな」

 あくまでゾンビ・・・達なら……だ。

「だが、人間・・にとってはこれ以上ないぐらいの最高の人よけだ」

(同時に最悪の人避けでもあるがな)

 人がなにかを得た時、喜びと同時にある恐怖が生まれる。

「よっぽど横取りされたくなかったんだよ」

 それは喪失の恐怖だ。得たものを失う……または奪われるのを人は極端に恐怖する。だからこそ、その恐怖を軽減するために人は行動・・する。

 これ・・はその行動・・の過剰な結果だ。

 恐らくこのエレベーターはこいつらの隠れ家に行くための唯一の道なのだろう。その為、こいつらはここをどうしても他者---特に人間を近づけさせたくなかった。自分たちの隠れ家を奪われる可能性があったからだ。

 だから行動した。

 絶対に人が寄り付かなくなるような場所を作り上げた。

「こんな場所を見たら、まともな神経を持った人間なら即座に回れ右するだろう」

 最高に効果的な方法だ。

 そして同時にヘドが出るような最低な行動だ。

「……行くぞ」

 これ以上この光景を見られなくなった俺は近くにいたココロの手を取り、エレベーターの中に入っていった。



「へえ……」

 目的地――樋口達の隠れ家に着いた俺は少しだけ笑みを浮かべることができた。

「よく見つけたなこんな所を」

 そこは正しく隠れ家と呼ぶに相応しい場所だった。食料があり、衣服があり、人目につかない。隠れ家である全ての条件が揃っている。

「……ここ、なに?」

「デパ地下――って言っても分からないよな」

 この幼女はかなり世間知らずな部分がある。デパ地下なんて略語使ってもきっと「?」 だろう。

「?」

 だと思ったよ。

「さっき、俺達はデカイ建物に入っただろう? ここはそこの地下だ」

「!?」

 おお、なんか衝撃を受けてやがる。

「だ、大丈夫?」

 と思ったら、なんか急に不安そうにし始めた。

「なにがだ?」

「地下とか、空気ないから――死ぬ」

「……」

 ブルブル震えながら、何を言うかと思えば――ガキかお前は?

 あ、ガキだったなこいつ。

「俺たち死んでるか?」

「生きてる」

「なら?」

「空気ある」

「そうだ」

「安心した……」

 俺はこれからお前と行動を共にすることが心配になったよココロ。

 まあいい。とりあえず今は樋口が言っていたここにあるという食糧などの確認からだ。

 まずゾンビとなった樋口と秋山の案内の元、隠れ家の食糧を確認する。

「……かなり余裕があるな」

 元々このデパ地下には食料品売り場もあったのだろう。この隠れ家には二人だけなら数ヶ月以上引き込もれるぐらいの蓄えがあった。

 欲を出さずに引きこもっていたら、今頃ゾンビとなって俺にこき使われることもなかっただろうに……

「次は武器の所に案内しろ」

「アウ……」

 ゾンビとなった樋口は俺の命令に従順に頷いた。生前は虫唾が走るような下衆野郎だったが、こうして臣下になればあまり気にならないな。

「アウ」

「ここか」

 武器が置かれているのは、恐らくデパ地下だった頃はアウトドア商品を売っているコーナーだったのだろう。登山用のバックやシューズ。他にもキャンプ用のアイテムが鎮座されていた棚に武器・・が置かれていた。

「おいおい。一体、どうやって見つけたんだよお前ら」

 これには流石に驚かされた。

 どこから持ってきたのか映画などでよく見る手榴弾や、それと同じ赤い手榴弾……焼夷手榴弾という奴か?が数個と、やや大きいナイフ。更には樋口達が持っていた拳銃の弾があった。

 そして――

「これは……」

 特に目を引いたのは、棚の中央に置かれたライフルと、ショットガンだ。

 携帯にはあまり向かないが、強力な武器だ。

「まったく、銃刀法違反ってのが本当に機能していたのかがよく分かる光景だな」

 近くにあったナイフを手に取り、俺は苦笑を浮かべた。

 思いもよらないお宝の発見に一瞬テンションが上がったが、冷静になるとあることに気付く。

「これ、どうやって使うんだ?」

 親友に付き合わされ、若干のオタク趣味を持っていたが、世界が変わるまでただの一般的な日本の高校生をやっていた俺は当然銃の扱いなんて分からない。一応拳銃ぐらいなら何とかなりそうだが、ライフルなどの使い方なんて見当もつかない。

「アニメとかだったら、ショットガンは簡単そうに使ってたんだけどな……」

 ナイフを置き、今度はショットガンを手にとった。

「……小さいな」

 手に持ったショットガンは片手で持てるほどに小さかった。ショットガンの銃身を切り詰め、銃床も短くした……そんな感じだった。

 フィクションなどでよく見たショットガンはもっと大きかったはずだが……

「ん?」

 と、ショットガンの隣にショットガンのシェルと一緒に何冊かのノートが置かれていた。中を見るとそこにはまずこう書かれていた。



 このノートは俺の銃に対する愛情を記したものだ。今の平和な世の中、銃のことを書いたノートなんてなんの意味がないことなんて百も承知だ……ああ、分かっているとも。同期に入った秋山には失笑され、あいつの相方の樋口の変態野郎にも馬鹿にされた……「おいおい。黒崎。相変わらず根暗な奴だな。そんなもん書いててなんになるんだよ? それよりも女のケツ追いかけてた方が意味あるぜ」なんてことをあの変態は言いやがった。黙れロリコン。お前みたいに年中乳臭い子供の女のケツを追いかけることこそ、なんの意味があるんだよ? 俺は知ってるんだぞ? 俺が密かに趣味で本物の銃や武器を手に入れてるようにお前が、ガキが着るゴスロリやら、何やらを収集していることを。大体お前は――――



 この後、10ページに渡って樋口に対する悪口やら何やらが延々と羅列されていた。

「読むのやめようかな……」

 後半にいたってはデブ死ねとしか書かれてないし。



 ……すまない。少し話がそれた。



「少しじゃないけどな」

 思わずつっこんでしまう。



 本題に戻る。このノートに意味はない。あくまで俺の趣味で書いたただの落書きだ。

 だが、このノートには俺の誰よりも強い銃に対する愛が込められている。それだけは自信を持って言える。だからもしなにかの偶然が重なりこのノートが俺の手元から離れ、これを読んで共感してくれる奴がいるなら、そいつにどうか頼みたい……



 その次の文は特別筆圧が強かった。



 どうか、俺の初めての友達になってもらいたい。



「……」

 なんというか、あまり見てはいけないものを見てしまったようだ。文の書き方や内容からして、このノートの持ち主は確実に孤独だったのだろう。一人の寂しさを紛らわせるために自分の好きな銃のことを書いたこのノートを書いた……そんなところだろう。

「趣味で本物の武器を集めていた……か」

 ここにある武器――多分全て本来は黒崎という人物の持ち物だったのだろう。

「読まれるはずのないノートと、趣味で集めた本物の武器……」

 あるはずのない二つが今ここにある理由。それははおそらく――

(いや、そんなはずはない……)

 自分の最悪の想像を否定し、気を紛らわせるように俺は積まれたノートを全て手にとった。

 黒崎という人物が銃に対する愛を込めたと書いているのだ。使い方ぐらい書かれている可能性がある。

「……ん?」

 手にとって俺は一つ気付いた。

 それは、一冊だけ他の日記とは違うデザインのノートがあったことだ。

 一番下にあったノート……他とはデザインが違うソレがどうしても気になり、俺は中を覗いた。

「――日記か……」

 最後のノートは他のノートとは違い、黒崎の日記のようだった。今年の初めから書き始め、世界が変わった後も欠かさずに書いてあった。

(……ということは)

 俺はあえて反対側・・・からページをめくった。何もない白紙の紙を何枚もめくったが、やがて文字が目にとまり、俺はそのページを読み上げた。

 日付は6日前のものだった。



 愛する銃たちを存分に使える今の世界は俺にとって人生の絶頂だが、樋口たちと行動を共にしているということがその喜びを半分にしている。あいつらは偉そうにしながら、戦闘をほぼ俺一人に押し付け自分たちは安全な所で傍観に徹している。そのことはまあいい。まだ許せる。だが許せないのは拳銃以外の銃のまともな扱い方もできないくせに、俺の持つ銃を自分たちにもよこせと言ってきたことだ。冗談じゃない。あいつらに渡しても宝の持ち腐れになるだけだ。銃は絶対に渡さない。そのことをはっきりと言ってやると、あいつらはこちらを睨みつけながらも何も言えなかった。ざまあみろ。初めて口喧嘩であいつらに勝てた。今日の俺はついてる。

 本当に今日の俺のツキは最高みたいだ。まさか廃墟となったデパートの地下が手付かずの状態で残っているとは! 食糧も十分にあるし、自衛隊の救助活動が始めるまでは余裕で持つだろう。これでとりあえず助かった。

 このデパ地下のことを早く樋口たちにも伝えてやらなくては。気に入らない奴らではあるが、同じ職場だった奴らだし、仲間だ。やっぱり何だかんだ言っても――



 先程のノートと同じように、そこの部分は筆跡が強く書かれていた。





 俺はあいつらにも助かって欲しい。





 そして、それから先にノートには何も記されてなかった。

「シン?」

 気が付くと、すぐ傍にココロがいた。心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「……なんだ?」

「泣いてるの?」

 すっと背伸びし、俺の頬をつたう湿り気に触れるココロに俺は苦笑を浮かべた。

「出来れば友達になってやりたかったと思ってな」

「誰の?」

「……もう死んだ奴だよ」

 おそらく、あのエレベーターの前に吊るされている奴が黒崎という人間の最期だ。

 友を求め、気に入らない奴らさえ仲間と呼び、一緒に助かろうとした人間の最期がアレだ。

 俺と同じで仲間だと思ってた奴らに裏切られ、殺されたのだ。

 黒崎が味わったであろう苦しと孤独を知っている俺は、余計に黒崎と友人になれなかったことが悔しかった。

「手遅れなんだ。もうダチにはなれない」

「死んだから?」

「ああ」

 もしもう少し早く俺が黒崎と出会っていたら、あいつが求めた初めての友になれたかもしれないのに……



「……大丈夫」



「え?」

 沈んだ気持ちが引き上げられる。見るとココロは優しい顔で俺の頬を撫でていた。

「死んでも、友達にはなれる」

「そんなことは――」

「なれる。シンが友達だって思ったら、その人は友達」

 どこからそんな自信が来るのか。ココロは俺の瞳をしっかり見据え、はっきりと言った。



「その想いはきっと届く」



「――は」

 笑った。思わず笑ってしまった。泣きながら笑ってしまった。

 こんな幼女に諭されるとは思いもしなかった。そのことが情けなくて面白くて――

 そしてどこか嬉しかった。

「お前、意外とロマンチストなんだな」

 ぐりぐりと頭を撫でてやると、ココロは澄まし顔で胸を張った。

「乙女……ですから」

「なんだよそれ」

 もう限界だった。俺は腹を抱えて笑った。仲間達に裏切られてから――否、この世界が腐った世界になってから……初めて心の底から笑った。

「ありがとなココロ」

 俺は礼を言うと、この隠れ家の入り口――地上とこの地下を唯一繋ぐエレベーターの方に足を向けた。

「ちょっと行ってくる」

「どこに?」

「ここに来る前にのエレベーターの前にあった男の死体の所だ……ダチをあんな姿にしてるのは気が引けるからな」

「私も行く」

 当たり前のように俺についてくるココロに、苦笑する。

「あまり女が見るもんじゃないぞ? 死体の埋葬なんて」

「一緒だから」

 心持ちか少し前よりも近い距離でココロは俺に対して言った。



「シンのダチは私のダチ」



 この後、俺たちは二人で一緒にダチの死体を近くの公園に埋葬した。

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