愚者の最期

「ひ、ひぃ!」

  仲間が襲われる光景を間近で見た樋口は、目に見えて動揺していた。

「があああああああああああああ!!」

「く、来るな!!」

  こちらに顔を向けたゾンビを、撃つ。照準なんて関係ない。適当でがむしゃらなものだった。

「ぎゃふ!!」

  樋口にとって幸運だったのは元から肉体の欠損が激しかったゾンビはその銃弾でも、息の根を止めることが出来た。

「秋山!!」

  警察学校の頃からの友であり相棒。世界が変わった後も二人で協力しあい生き残ってきた。かけがえのない存在。

「た、助けてくれ樋口!!」

  手を伸ばされる。だが樋口達にとって不運だったのはもう全てが手遅れだったことだ。

「……」

  秋山の手を樋口が取ることはなかった。

  かわりに樋口は相棒の額に銃口を向けた。

「お、おい。樋口? なんのつもりだ?」

「……分かるだろう?」

  秋山はもうゾンビに噛まれてしまった。ならここで手を伸ばし助けたとしても、いずれ相棒は化け物になる。

  ならば――

「ここでお前を人として殺してやることが俺に出来る唯一のことだ」

「ま、待ってくれ!! 俺はまだ死にたく――」

  引き金を引く。聞きなれたはずの銃声が今回ばかりはいつもとは違う音がしたような気がした。

  命中。そして鮮血。

  それらが何故かスローモーションのように、樋口には見えた。

「な――い……」

  秋山が倒れる。だが樋口にはそれ以上その光景を直視することは出来なかった。目をそらし、地面に膝をついた。

「馬鹿野郎!!」

  ゾンビになんか噛まれやがって。お前だけは殺したくなかったのに。

  吐き気がする。世界が変わってから非道な行為をしてきたはずなのに、長年連れ添った友の殺害は秋山の心を深くえぐった。

「ちくしょう!」

  今まで二人で行っていた食糧の確保や、就寝時の見張り――それらを一人でやらなければならなくなったことに気が滅入る。

  これからのことを考え、放心状態となった樋口。

  それが彼のこれから・・・・を決定してしまった。



「さっきの礼だ。受け取れ」



 背後から声。

「ふひっ!?」

  銃を持った方の手の肩に痛みが走った。見ると、肩に何かが刺さっていた。

「アニメとか見てて、あり得ないだろうと思っていたが――実際にやってみれば硝子の破片でも十分に凶器になるんだな」

「て、てめえ!!」

  振り返った樋口は見た。背後にいる少年を。さっきまで無様に倒れていたとは思えない不敵な笑みを浮かべている。自分より格下だと思っていた相手に手傷を負わされたことに怒りが沸き上がったが、それはすぐに恐怖に変わった。

「なんでだよ! どうして両腕・・があるんだ!!??」

  それはあり得ないことだった。先程まで少年の片腕は確かになかった。いや、それを言えば、そもそも何故この少年は動けるのだ? 片腕の肩と片足には確かに銃弾をおみまいしたはずだ。

  それなのに、何故この少年はもう傷が治ったか・・・・・・・・のように

「さてな。正直に言うと、俺も自分に何が起こってるのかはさっぱりだ。まさか本当にトカゲの尻尾みたいに腕が生えてくるとは思わなかったしな。」

  まあ、それでも一つだけ分かると、少年は樋口が落とした拳銃を拾いながら彼を初めて真っ正面から見た。




「どうやら、俺は正真正銘の化け物になったみたいだ」



  そう言った少年の瞳はあの化け物ゾンビ達よりも濃い深紅の輝きを放っていた。

「お、お前! さっきまで黒だったのに、なんで目が赤く・・なってんだよ!?」

「ほう。俺の目は今赤いのか? 成る程。どうやらを使うと赤くなるようだな」

  少年は銃口を樋口に向けた。

「正直感謝してるぞ。お前らのおかげで俺も覚悟を決めることが出来た」

  少年は笑みを浮かべていた。

「お、おい! やめろ!!」

  その笑みがこれまで見てきたどんな異常者のそれよりも歪なものだった。警察官をやっていて、色々な異常者を見てきたが、そんな奴等が可愛く見えるほどの異常さ・・・が少年の笑みにはあった。

「待て! 取引しようじゃねえか! 俺を生かしてくれたら、お前を俺たちのアジトに連れていってやる!! そこで好きなものなんでもくれてやる!!」

「ほう。食糧はあるのか?」

「ある!」

拳銃こいつみたいな武器は?」

「ある!!」

「なら――」

  少年が指を指す。その先には彼と同じ深紅の瞳を持つ少女が立っていた。

「あいつが着れるような服はあるか?」

「――ある!!」

「……あるのかよ」

「ああ!」

  樋口は大きく頷いた。

  まさか趣味で集めていた子供服がこんな所で役に立つとは思わなかった。樋口は秋山に悪趣味と言われていた自分の幼女服収集の趣味が誇らしく思えた。

「――いいだろう」

  額に向けられていた銃口が外された。

「なら!!」

  これで助かると、樋口が希望に満面の笑顔を浮かべる。

「ああ」

  対する少年も笑顔だった。





「お前も俺の臣下・・になるがいい……」





  ガリッと、自分の首筋に何かが噛みつかれた気がした。

「は、へ?」

  見ると、噛みつかれていた。

  赤い目をした・・・・・・秋山だったものに……

「焦ったせいで、狙いが甘かったな---ゾンビ共は頭の中央にダメージを与えないと死なない――この腐った世界では当たり前のことだが、これって結構難しいよな? 拳銃だと尚更だ」



「い、いやだ!」



 死にたくない! 化け物なんかになりたくない!!



「殺したと思ったら実は生きてて、油断した所をやられました……この世界じゃ、よくある最期エンディングだよな?」



「うわあああああああ!!!」

 何かが噛み砕かれる音がする。だが樋口が最も怖いと思ったのはあれほど感じていた激痛が段々薄れていくことだった。

 それはつまりこの身がゆっくりと異形に変わっていくことを意味する。


「さようなら樋口。生まれ変わったらぼろ雑巾のように何回も使い回してやるよ」



「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 叫ぶ。だがそんな樋口に、救いの手が差しのべられることはなかった。




最悪の結末バットエンド……それがお前の最期エンディングだ」





 永遠に。

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