屍の王
「俺が、お前の王……だと?」
「そう」
なにを言っているんだこの幼女は? 人の腕を食うやばい奴だとは分かっていたが、電波属性も持ってやがったのか?
「あなたは臣下にした者を意のままに操れる」
「馬鹿馬鹿しい」
俺は鼻で笑った。
「じゃあ、なんだ?もしかして俺があのゾンビに命令すれば何でも言うことを聞くっていうのか?」
ちょうど近くに倒れている死体を指差して、冗談半分に聞いてやると、
「そう」
幼女は迷いなく頷いた。
「あなたなら出来る」
「……馬鹿馬鹿しい」
創作にしても30点という所だ。確かにこの世界にはゾンビとかいう
……だが、それでもこの世界は
ゾンビにまともに襲われれば当たり前のように死ぬし、
『君にはこれから――』
当たり前のように仲間と思っていた奴らに裏切られる。
「……信じていない?」
「どうやって信じろって言うんだよ?」
ただでさえ今の俺は人を信じる気になれないのに、荒唐無稽な厨二創作話を信じろなんて無理な話だ。
「じゃあ、命令すればいい」
「あいつにか?」
「そう。なんでも言うこと聞くから」
「もう一度言う。馬鹿馬鹿しい」
幼女から踵を返す。これ以上付き合っていられない。自分がマトモな存在じゃないものになったことは分かるし、その手がかりがこの幼女だということは分かるが、子供のお守りが出来るほど今の俺は余裕がないし、優しさもない。
「命令、して」
さっさとこの部屋から退散しようとした俺の前に幼女が出てくる。どうやら命令をするまで通さないつもりらしい。
「しつこいぞ」
「命令すれば、分かる」
「…………はあ」
正直うんざりだ。この幼女の言っていることなんてまったく信じていないが、この状況――言わなければ通してくれそうにない。
「じゃあ言ってやるよ。目障りだから『さっさと窓から飛び降りてくれ』」
言った。適当に。本当にどうでもよかったから、ただ思いついたことを言った。俺の記憶が正しければ確か今いるこの部屋は三階だったはずだ。ゾンビ共は死に対する恐怖はないが、自ら進んで死のうとすることはない。だから三階からいきなり飛び降りるなんて事はゾンビはしない。絶対にしない。
……しないはずなのだ。
「あぐあ!!!」
それなのに、何故かゾンビは動く。突然立ち上がると、開かれた窓から飛び降りた。
俺の命令通りにに。
「馬鹿な!」
慌てて窓枠に行き、下を見る。
頭から落ちたのだろう。眼下では血やら脳みそやらをぶちまけながら血の海に沈むゾンビの姿があった。
「嘘……だろ?」
飛び降りた。確かにあのゾンビは自分の命令通りに飛び降りたのだ。
「ほんとのこと……」
「!」
背中にぴたりと何かが触れてきたので思わず身を固くしてしまった。幼女に抱きつかれたのだとすぐ気がついたのだが、どうしてか今の俺にはそれがどうしようもなく恐ろしいことに感じてしまった。
「言ったはず――あなたは私の王――――」
「俺に触るな!!!」
突き飛ばす。幼女は地面に尻餅をついた。
「……?」
何が起こったのか分からないと言う顔をして幼女が俺を見る。
「ふざけるな。ふざかえるんじゃない……」
ここに来て麻痺していた思考が、ようやく元に戻った気がする。
(おかしいだろう俺!)
そうだ。そもそもなぜ俺はこの幼女に恐怖を抱かなかったのだ? 俺の腕を食ってたんだぞ? 一目散に逃げるべきだろう? 普通はそうする。誰だってそうする。
なのに、どうしてそうしなかった?
……いや自問する必要などない。答えは分かっている。既に分かってたじゃないか……
(俺は変わってしまったんだ……)
怖い。さっきは当たり前のように受け入れていた自分だったが、正常な人間としての思考が戻った今の俺は喉を掻きむしりたくなるような不安と焦燥感に支配されていた。
「……王様?」
「俺はそんなものじゃない!!」
俺は人間だ。そう叫びたかった。だが出来なかった。口に出せば、それをこの幼女は即座に否定することが何となく分かっていたからだ。そしてもし否定されれば、俺は受け入れるしかなくなる。
自分がゾンビ達を操る力を持つ彼等よりも得体の知れない化物になってしまったということを……
「っ!!」
走る。幼女とこれ以上一緒にいるのが嫌だった。一緒にいると変わった自分を受け入れそうになる自分がたまらなく怖かったのだ。
部屋から飛び出した俺はただ一目散に走った。階段を降り、廊下を走った。
行くあてなどなかった。ただがむしゃらに走った。少し前の俺なら考えられない行動だ。何の警戒もせずに走り生き残れるほど、この世界は甘くない。
ああ、分かっていたとも。この世界がどうしようもなく腐っているなんてことは――
だがそれでも。分かっていても、尚世界は俺に腐った所を見せつけてくるのだ。
それを次の瞬間に思い知らされることになる。
バン! という耳を覆いたくなるような音ともに、俺の足がその機能を突然停止した。
「つっ!?」
突然バランスを崩した俺は無様に前のめりに地面に倒れる。
「な、何が……?」
激痛の箇所を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。
「……これ」
見覚えがある。この変わった世界でゾンビと交戦していく上で生命線ともなる武器による傷だ。
銃。
ゾンビ映画のフィクションでも常連である武器は、現実にゾンビが溢れたこの世界でも遠距離からゾンビを始末できる得物として重宝されていた。
だが、ここは日本だ。外国などとは違い、拳銃などの管理はしっかりとされており、手に入れるのは容易ではない。俺のいたグループでも一つか二つ何とか手に入れたぐらいだ。
そんなレアなものを誰が---と思った所で、馬鹿みたいな男の大笑いが俺の耳に聞こえた。
「ゲハハハ!! おい見たかよ! ワンショット・ワンキルだ!」
「まだ死んでねえだろ。だけどまあ、お前の射撃の腕の良さは認めるぜ」
声がした方を見ると、そこには二人の男が立っていた。
一人は太っている男。ケタケタとでかい腹を揺らしながらこちらに近づいてくる男の手には拳銃が握られていた。どうやら俺を撃ったのはあのデブらしい。
もう一人は長身のひょろりとした男だ。その手には拳銃はないが、彼の腰のホルスターにはやはり拳銃があった。
「……最悪だ」
だが銃以上に俺の目を引いたのは彼等の身につけている服装だった。
見覚えがある……なんてもんじゃない
きっと誰もが一度は見たことがあるだろう。
紺を基調とした青い制服。法の番人であり、市民の安全を守るのを仕事とする憧れる者も多い公務員――――
「警察官かよ」
本来、人を守るはずの人間に俺は撃たれたようだ……
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