猟奇的所か食人的な幼女

「う……」

 目覚めは最悪だった。全身はイタイし、特に右腕は肩の所から激痛が断続的に襲ってくる。

 重い瞼を開く。

「起きた?」

「あ?」

 目と鼻の先に幼女がいた。年端もいかない小学生ぐらいだろうか? 銀色の長い髪と、どこまでも赤い深紅の瞳が印象的な幼女。

 非現実的な容姿の特徴を持っているせいか、見た目の幼さとは裏腹に美しいという言葉がしっくりくる。

(なんだ、こいつ?)

 どこかで見たような気がするが、頭がボンヤリして思い出せない。

「気分はどう?」

「最悪だ」

 人生においてここまで最悪な気分は生まれて初めてと断言できるほどに絶不調だ。

「お腹、減った?」

「いや別に……」

 空腹などはまったくない。思考に霞みがかかっており、何かを考えるのも辛い。

「食べる?」

「だから腹は減っていな――」

 いと言いかけ、俺は固まった。

 幼女が俺に出してきた物があまりにも俺の予想を裏切ったものだったからだ。

「お前、なんだそれ?」

 幼女が持っている物――それは人間の腕だった。

「? 落ちてた」

 しれっと澄まし顔で言う幼女に、俺は利き手である右手を額に置こうと思った。それは特に意味はない。俺が困ったものに遭遇した時にする癖みたいなものだ。なんの変哲もない、簡単に出来ることだ。

「?」

 だが今の俺にはそれが出来なかった。

「え?」

 なかったのだ。右腕が肩から先にかけて何かに食いちぎられていた。

「――」

 悲鳴を上げなかったのは、頭がようやく機能し始め、気を失う前の自分の状況を思い出したからだ。

(……おかしい。なぜ俺は生きている?)

 神条達クラスメイトに裏切られ、ゾンビの群れに襲われていたはずだ。

(見逃された? いや、あり得ないか)

「……もきゅもきゅ」

 もし百歩譲って見逃されたとしても、あの時俺は確かにゾンビのクソッタレ共に噛みつかれていた。なら今こうして生きているのはおかしい。

 フィクションのようにこの現実に現れたゾンビに噛まれた人間は、皆例外なくゾンビとなる。これは確かなルールだということを俺は聞かされ、この目でも何度も目撃した。

(まだゾンビ化してないのか? いや、それもないな)

「もきゅもきゅ」

 ゾンビ達に襲われていた時確かに太陽はまだあった。だが、今はそれが完全に沈み、空には完璧な夜の帳が形成している。噛みつかれてからウイルスが発症するのは大体3時間。そのタイムリミットは確実に過ぎているだろう。

 なら考えられる可能性は――

「なあ――」

「もきゅ?」

「さっきからお前、なんで腕食ってんだ?」

 もきゅもきゅとか可愛い音を出して食ってるが、幼女が咀嚼しているのは彼女が持っていた人間の腕だ。

「おいしいよ?」

「そんなことは聞いてない……」

 無表情だが嬉しそうに腕を食う幼女。どう見てもまともじゃないが、ゾンビでは会話も出来ないはすだ。

「なあ、お前、ゾンビか?」

「ウマウマ」

 うん、こいつ普通に無視しやがった。夢中になって人間の腕を貪っている。

「ハグハグ」

「……」

 人が人の腕を食う光景というのは当たり前の事だがグロい。スプラッター映画も真っ青のグロさだ。例えそれが妖精のように美しく幼い少女であったとしてもだ。

(イカれてるな。こいつも……

 小さく舌打ちを俺はした。

 人間の腕が食われる所を見せられても、大して動揺しなかった自分に対してだ。信じられない事だが、幼女がやっていることがちょっとしたイタズラのようにもののように見えてしまったのだ。

 だからだろう。

「知らねえぞ」

「?何が?」

「いやだから、その腕誰かのなのだろ? 怒られるぞ」

 幼女に対して、場違いすぎる問いかけをしてしまったのは。

「???」

 首を傾げる。いや、なんだよその反応は? まるで俺の方がおかしなことを言ってるみたいじゃないか……

「怒るの?」

「は?」

「あなたの腕食べてたら、あなたは怒るの?」

 ふむ。なんかこのロリっ子はうまく会話が出来ないっぽいな。言葉のキャッチボールが上手く成立していない。

 まったく、変な奴に出会ってしまったも――

「……ちょっと待て」

「もきゅ?」

 再び腕を噛じる幼女を無事な左手で制す。

「お前今、俺の腕って言わなったか?」

 おい。じゃあもしかしてこの幼女が齧っていた腕は……

「あなたの」

「おい!!」

「……怒った」

 誰でも怒るわ! なんで目の前で自分の腕を食われるシーンを見なきゃならん!?

「……減るものじゃないのに」

「減るわ!! 俺にとってかけがえのない腕は無くなったよ!!」

 どうしてくれんだこのガキ!!

「すぐ生えるから大丈夫」

「人をトカゲかなんかと勘違いしてないか? 俺普通の人間だぞ?」

「?」

 いや、なぜそこで首を傾げる。

「違う」

「は?」

「あなた人間じゃない」

 ……オーケー。落ち着こう。

「あー、お前も俺がゾンビだって言いたいのか?」

「ゾンビ? なにそれ?」

 その反応は、今までの平和が約束された普通の世界なら正しいものだ。だが、変わってしまったこの腐った世界では間違いであった。

「ゾンビだよ。亡者とも言うな。死んだはずの奴が起き上がって襲ってくる奴らのことだ。お前だって何度か見て逃げたはずだ」

 でなければ、今まで生き残れているはずがない。この腐った世界で。

「……もしかしてのこと?」

 幼女が身を離し静かに立ち上がる。そして部屋の片隅をすっと指さした。

?」

 身体を起こし目を向ける。そこにいたものを見、俺は目を見開いた。

「アー」

 ゾンビだ。正真正銘間違いなくゾンビだった。

 それがこあれちらに対してひれ伏していた。

 まるで王にかしずく臣下のようだ。

「ど、どうなってやがる?」

 ゾンビが襲ってこないだけでも驚きなのに、どうしてこんなことをするんだ?

 意味が分からず幼女を見ると、幼女は無表情に言った。





「あなたは私の王様だから」



 

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