これまでも、これからも


 『悪りぃ、なんか体調悪いから今日サボるわ』


  朝、ヒカリの家の前でヒカリが出てくるのを待っていると、アキラからそんなメッセージが送られてきた。


 「お待たせ、行こっか」


  「ん?あぁ、そうだな」


  ヒカリも家から出てきたので、とりあえず通学路を歩き出す。


 「今日アキラ休むってよ」


  「そうなの?珍しいね」


  「ま、どうせ明日には復帰するだろうし、気にしなくていいだろ」


 「まぁ一応お見舞い行ってあげようよ。実は結構酷いかもしれないし」


 「そうだな、一応そうしとくか」


 一日ばかりアキラが抜けたところで、大した変化はない。

  ただ、俺の心境は大きく変わる。

 今日はヒカリと二人きり。まだチャンスが残っているとすれば、今日何とかするしかない。

 そんな望みの薄い可能性を考えつつ、俺たちはいつもの通学路を歩む。一人欠けた通学路は、いつもよりも静かだった。


 時は流れ、昼休み。弁当を食べ終え、購買で少し買い物をしてヒカリの元へ行く。すると、ヒカリは何か考え込んでるような、口元に手を当てるそんな仕草をしていた。


 「どうした?」


 「んー、ちょっとね」


  俺は先ほど買った紙パックの飲料を飲みつつ、ヒカリに問う。悩んでいそうだから聞かないなんて選択肢は俺たち三人にはない。 共有できるなら共有し、共に悩み、秘匿されたらそこで話を終える。それが俺たちの暗黙のルールだった。


 「アキラへのお見舞い何買ってこうか」


 「適当に果物でも買ってけばいいんじゃないか?俺の時もそうして貰った事だし」


 「やっぱそうなるよねぇ…でも、今の季節って何の果物がいいんだろ?」


 「缶詰でいいだろ。わざわざ腐りやすい物持ってく理由もないし」


 「それもそうだね!うん、やっぱりユウに相談して良かったよ!ありがとね」


  ニコリと笑ったヒカリのその顔に、思わず見惚れる。見慣れているのに慣れない。やはり照れる。


  「別に……いつもの事だろ。礼を言われるようなことでもねえよ」


  その照れを隠すように、顔を伏せ、残った紙パックの飲料を一気に飲み干し握り潰す。


  「そうやって他人の悩みに協力するのを『いつもの事』って言えるの凄い良い事だと思うけどね?」


 「お前の……親友の悩みだから協力してるだけだよ。他のやつには協力しないさ」


 「それはそれは…今後の使える駒として親友やってて正解だったね」


 ふふ…と、ヒカリが不敵な笑みを浮かべる。どうやらいつものノリに戻ったらしい。


  「なら今すぐ縁を切ってやる。もうヒカリとは口聞かん」


 「あぁ!ちょっと冗談だよ!冗談!」


 「冗談でも親友を駒扱いする女を俺は親友とは思わん」


  「ごめん!ごめんって!悪かったよ!」


 二人で笑い合い、そんな下らない寸劇をしながら時間を潰す。アキラのいない時間はもう短い。

  アキラがいないのは、物足りない。だが、それと同時にヒカリと二人きりになれて嬉しい。

  一体俺は、何を求めているのか。最近になってますますわからなくなってきた。


  学校が終わり、学校近くのスーパーで買い物を済ませてアキラの家へと向かう。

 アキラの家は俺たちの家の近くなので、そこまで手間はない。

 アキラの家の目の前に到着した俺たちは、とりあえずチャイムを鳴らして応答を待つ。健康病気関係なしにちょくちょく来るため、もう抵抗はない。


  「はい?」


 インターホン越しにアキラの声。健康そのものみたいな声をしている。


  「見舞いに来てやったぞ、ありがたく扉開けやがれ」


 「そんな偉そうな態度で見舞いに来るやつ初めて見たわ。ちょっと待ってろ、すぐに開ける」


 インターホンが切れ、アキラが出て来るのを待つ。


 「元気そうな声だったね」


 「予想通りっちゃ予想通りだけどな」


 適当にヒカリと話していると、家の扉が開き、寝間着姿のアキラが現れる。


  「よっ、悪いな。まぁ上がってくれ……」


 「じゃ、お言葉に甘えてお邪魔するね」


 「ほい、これ見舞いな。あ、俺適当に茶で頼むわ」


  「俺一応病人なんだけど……?」


 廊下を歩いて居間へと向かう。自分を病人と言っているが、コイツは確実に病人ではない。


 「へぇ……病人ねえ?」


 「あ……」


 居間に到着すると同時に、先ず目に入ったのはテレビに映し出されたゲーム画面。確実に今の今までずっとやっていたのだろう。近くに飲みかけのお茶まで置いてあるし。


 「へぇ…病人の癖に布団にも入らず居間でのんびりとゲームやってたのか…へぇ……」


 「分かったよ!麦茶でいいな!?」


 「お、悪いな」


 「絶対に思ってないだろ!」


 ギャーギャーと騒ぎながらアキラが台所へと動き出す。その後を追うように、ヒカリも動き出す。


 「アキラ、手伝うよ」


 「おぉ、ヒカリは優しいな。どっかの外道野郎とは大違いだ」


 「お前が今日一日中ゲームやってたこと明日担任に報告すんぞ」


 「やめろ!シャレにならん!」


 ケラケラと笑いながら、三人で机を囲む。机の上には麦茶と皿に盛られた桃の缶詰の中身。


 「今日はありがとな。わざわざ見舞いなんて来てくれて」


  茶を飲んでいると、少し真面目な口調でアキラが言った。


 「いつもの事だろ、気にすんな」


 「そうだよ。なんせ、私たち親友なんだからね!?」


 三人で顔を見合わせニコリと笑う。

  そう、俺たちは親友。掛け替えのない大切な親友。これまでも、これからも。

 卒業式まであと四日。

  別れの時はもう目の前だ。

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