止まらぬ時間


 俺がこうして女々しく過ごしている間にも、時間は着々と進んでいく。

 そして4時限目体育の授業。今日の授業内容は、男子はコートでテニスのダブルスで、女子は室内で卓球だった。その為、今この場にヒカリはいない。


  「今日、お前なんかおかしくね?」


  試合もどきを終わらせて、次の試合までの空き時間に、コートの端っこに座って休憩していたところ、アキラが俺に聞いてくる。アキラと俺でペアを組んでいるので、空き時間が被るのは必然だった。


 「何かって何さ?」


 アキラの言葉に少し動揺しつつ、平静を装う。自分勝手な嫉妬で「お前のせいだ」なんて言えるわけないし、言いたくもない。俺はアキラとの関係を崩したくはないから。


 「んー、なんか妙にイラついてるっつーか、妙に笑いすぎるっつーか…お前がそうなってる時って大抵なんか抱えてるからな」


 付き合いが長い分、そういった感覚は非常に鋭い。でも、絶対に漏らすわけにはいかない。相手がアキラなら尚更だ。


 「まったく…よくもまぁそんなに観察してるもんだ。流石に男に見つめられて悦ぶ趣味は無いんだけど?」


  「なるほど、やっぱなんかあるんだな」


 急いで方向転換を図った俺の軽口を聞いて、アキラが何か確信したように頷いた。


 「お前のその、何か嫌な事を聞かれた時に軽口吐いて、話題の転換測ってはぐらかす癖はよく知ってるからな。俺は誤魔化されねえぜ?」


 「付き合いが中途半端に長いってのは嫌になるね。お見通しかよ」


  「ははっ、悔しかったら悟られないように努めやがれ」


 二人でケラケラと笑う。

 そして、少しだけ笑った後に、話題を元に戻す。


  「で、どうしたんだ?」


 「悪いが、言いたくない」


 「………そうか。そう言われちまったら何も言えねえよな」


 「悪いな」


 「俺の趣味に、他人の秘密探りってのは無いからな」


 拒絶の一言。それだけでアキラは納得してくれる。

  俺の悩みはアキラにとって対岸の火事ではない。仲のいい奴の悩みを本気で心配し、本気で共に悩もうとする。決してを傍観者として笑う連中と同じではない。詮索もしないで、隠されれば納得して身を引く。

 だからこいつは良い奴なんだ。だから俺はこいつと友人でいたいんだ。面白い奴だから、良い奴だから。

 だから俺は言えない。身勝手な嫉妬で「お前さえ居なければ」なんて。

  だけど、頭の中にそんなフレーズが湧いてしまうという事は、無意識のうちにそう思ってしまっている事他ならない。嫌になる。本当に嫌になる。


 「さて、時間だし行こうぜ!目指すは全勝…帰宅部がテニス部を倒す下克上…」


 「…いや無理だろ」


 「やる前から勝敗が決まってるゲームなんて面白くねえだろ。何を判断するにも、少し位やってからじゃないとな!」


  再びケラケラと笑いながら、対戦相手の元テニス部のレギュラー達が待っているコートへと向かう。

  そして、笑いながら内心でアキラを責める。

  アキラの言葉は勝者の言葉だ。敗北の見えている勝負をやった事がない奴の言葉だ。

 勝機のない戦い。やる前から勝敗の決まってるゲーム。確かにそれが存在する事を知らない勝ち組の発言でしかない。


  「あーあ、後ちょっとだったんだけどなぁ!」


 「意外に何とかなるもんだったな…予想外だ」


 二人揃って肩で息をしながらスコアボードを眺める。結果は、後二、三ポイント足りずに俺たちの敗北。


 「な?やってみないと分かんないもんだろ?」


 「まぁ負けたけどな」


  「負けたのはお前の空振りの所為せいだろうが!ここ一番で豪快に空振りやがって……」


 「俺の後頭部にサーブぶつけたのは何処の誰だったっけ?アレ結構痛かったんだけど?」


 お互いの失敗を、笑いながら責め合う。これが俺たちの普通。相手が本気にしないと分かっているから冗談を言い続けられる関係。

  やがて授業が終わり、教室へと戻る。次の時間は昼休み。いつもの三人で机を合わせ弁当を取り出す。


 「でさ、こいつが豪快に空振りしやがってさぁ……絶対そのせいだろ負けたの!」


 「は?相手のゲームポイントって時に、人の後頭部にサーブ二連発でぶつけたのは何処のどいつだよ。絶対にそのせいだろ!」


  昼食を食べながら、先ほどの話を掘り返す。本気で言ってはいないが、俺のせいだと思われるのはしゃくだった。

 そんな大したことのない子供のような罪の擦りつけ合いのような言い争いを聞きながら、ヒカリがクスクスと笑う。それに合わせて俺たちも笑う。

  大したことのない会話で空き時間の暇を潰す。この楽しい時間を味わえるのも、もう一週間を切っている。


  「もう今週卒業式か……早いね」


 「そうだな……これでようやくアキラの顔を毎日見ないで済むかと思うと清々するよな」


  「おいコラテメェ。親友に対して何て言い方しやがんだよ」


  相分からずの軽口。考えもなしに何気なく出た軽口。いつものような冗談。いつもの冗談。だが、そんなフレーズがスッと出てくる時点で、アキラと顔を合わせたくない気持ちがある明確なる証拠だろう。

 アキラに会わなければ、もうこんな嫉妬に駆られる事もない。親友に対してこんな黒くて汚らわしい感情を持つこともない。

 大切な親友だからこそ、会いたくない。心から信用しているからこそ、話したくない。

  いつも通りの平和な時間。今日もその時間は等速で流れて行く。

  卒業式の土曜日まで、あと五日。


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