歪み征く友への感情

 

  ヒカリと俺はいつも一緒にいた。


 学校行事も、休みの日も、テスト勉強も、受験勉強も。

  どちらか一方の精神が崩れそうならもう片方が支え、どちらか一方が壁に当たれば二人で悩み答えを探し、どちらか一方が楽しめば、その楽しさを共有する。そうやって生きてきた。

 そして、俺の中にあったヒカリへの想いは、徐々に好意から恋心へと変貌していった。何か理由があるわけではない。何か特別な事があったわけじゃない。ただ、気がついたらヒカリに惚れていた。それと同時に怖くなった。もしもこの恋心を漏らしたらどうなるのか。もしかしたらフラれて気まずくなって関係が崩れるかもしれない。

 だから俺は勇気を持てなかった。決意が出来なかった。今の環境に胡座あぐらをかき、前に進める可能性を捨てた。

 そして、その代償が今、俺の目の前にある。


 「卒業文集に載せる作文何書いた?ちょっと参考にさせてくれないか?」


 「えー、私も結構適当に決めちゃったから参考になるような事ないよ?」


 「それは聞いてから判断するから、ほらほら、吐いちゃえよ吐いちゃえよ」


 軽いノリの軽い会話。楽しそうに笑う二人を見ながら俺も自然と顔がほころぶ。


 学校へと辿り着き、三人で教室に向かう。三人揃って三年間同じクラス。

 自分の机に荷物を置いて、日直のアキラが日誌を取りに職員室へ向かう。

 教室を出て行くアキラを見送り、ヒカリとの談笑を再開する。


 「やっ、相変わらず仲良いねぇ」


  その会話に水を差して来たのは一人の女子生徒。ヒカリと仲が良いらしいけど、俺とはほとんど繋がりがない。


 「そんな仲良いのに本当に付き合ってないの?本当は、どっちかがどっちかに片想いしてたり、実は両想いだったりするんじゃない?」


 よく聞くフレーズ。対岸の火事でしかない他の生徒にすれば、多少の空き時間を埋めるための話題でしかない。だが、火事の中心でもがいている俺にとっては、今すぐこの女子生徒に殴りかかりたい位に嫌な話題だ。


  「ははっ、俺とヒカリはそんな関係じゃないよ……って、何回言わせるかなぁ」


 貼り付けただけの表面上でしかない笑顔を女子生徒に向けて、ヒカリとの関係を否定する。


 「いやいやぁ…実はとかあるんじゃないの?ねぇ?ヒカリ?」


 しかし、女子生徒は食い下がる。もうやめて欲しい。放っておいて欲しい。だが、暇潰しと他人の秘密探りを楽しんでしかいない連中に、当の本人が苦しんでいる事を気づくのは不可能でしか無い。


  「残念だけど、ユウの言ってるように、ユウと私はそんな関係じゃないよ。ただの幼馴染だよ」


 「そういう事だから。面白いネタを提供できなくて悪かったね」


 そして、ヒカリがクスクスと笑いながら否定。俺もそれに続いて受け流す。

 もうやめてくれよ。表面に苦痛を出さないだけでも一苦労なんだよ。お前らに俺の恋慕が漏れたらヒカリにバレそうで怖いんだよ。それより何より…ヒカリの口から直に可能性を否定されるのが一番辛いんだよ。

 内心で泣き叫ぶが、誰にも叫びは届かない。届ける気もない。

 誰にも打ち明けたくない。他人の色恋話を楽しもうとしかしない連中に話して何の解決になる。

 打ち明けられた部外者が出来るのは、伝言か、日々の雑談の肥やしにするか、下らないお節介だけ。そんなものは欲していない。

 結局、部外者に状況を好転させることはできない。むしろ悪化しかさせない。

 女子生徒が去るとともに、今度はアキラが少し不愉快そうに戻ってきた。


  「ったく……なんで今日に限って仕事量が多いんだよ…面倒クセェ」


 「お前授業態度悪いからな・・・教師に嫌われてんだよ。察せ」


 「酷くね!?」


 そしてそのまま三人で談笑を再開する。

 少しして担任が来て、日直のアキラが号令をかけて、担任が本日の予定を話し始める。

  何度も見た光景。何度も過ぎ去った時間。これもあと少しだけ。

 三人で顔を合わせて馬鹿話を出来る時間はもう少ない。だからこそ、もっと時間を楽しみたい。もっと戯れを楽しみたい。それなのに、心の底から楽しめない。楽しいと思っていても、心の何処かに雑音ノイズが走る。

 いつからだっただろう。こんな気持ちが芽生えてしまったのは。そう考えながら、スマホをポケットから取り出し電源を入れ、ロック画面を眺める。

 ロック画面にあるのは、俺たち三人で笑ってカメラにピースしている写真。この頃の俺はまだ、心の底から楽しんでいた。

  高校二年の八月。夏休みを使って三人で行った遊園地。

  そろそろ閉園を迎える夕暮れ、アキラが唐突に口を開いた。


 「せっかく来たんだし、アレをバックにして写真撮ろうぜ!写真!」


  アキラの指差す方向にあったのは、その遊園地の名物である巨大ジェットコースター。そんな思い出づくりを否定するわけもなく、ヒカリを真ん中にスマホの小さなカメラに入るように三人で密着し、シャッターを切った。その時、少し違和感を感じた。違和感の正体は分からない。写真を見て、直感的に何かを感じただけだった。


 「ちょっとアキラ!ジェットコースター写ってないじゃん!」


 「あ…やべ。ま、みんないい顔してるからいいだろ」


 「これじゃどこに来たか分からないよ……全くもう…」


  ヒカリとアキラがクスクスと笑う。いつも通り釣られて俺も笑う。

  いつも通りのたわむれ。何も変わらないテンション。先ほどの違和感は気のせいだったのだろうか。


 「そうだ!せっかく来たんだから最後に観覧車乗って行こうよ!まだ少しなら時間あるし!」


 「お、じゃあそこで今度こそ遊園地らしい写真を撮るんだな!?」


  「アキラの頭には写真しか無いのかよ……まぁいいけどさ」


 俺たちは急いで観覧車乗り場まで移動し、ギリギリのところで滑り込む。


 俺たちの乗るゴンドラは、少しずつ高度を上げて行き、徐々に地上を小さくして行く。

 座席順は、俺が一人でヒカリとアキラが隣り合って座っている。

 そして、座った時に見てしまった。

 ヒカリの顔が少し紅潮しているのを。夕日の光が当たってではない。確実に自分から紅くなっていた。こんな表情を、俺は見たことがなかった。

 そして悟った。否定したかった可能性を。認めたくなかった出来事を。もし観覧車に乗らなければ、もし俺とヒカリが隣り合っていれば気づかなかったかも知れないヒカリの想い。けれど知ってしまった。ヒカリの気持ちを。


  この日からだ。

 俺がどんなに楽しくても、どんなに笑っても、どんなに嬉しくても、


 アキラと一緒に心から笑えなくなってしまったのは。

 そして、俺が自分を大嫌いになってしまったのは。

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