終わらぬ春と終わる道

涼風 鈴鹿

終わり征く春の通学路


 いつからだろう。自然と彼女を目で追うようになったのは。

 いつからだろう。彼女のことが頭から離れなくなったのは。

 いつからだろう。幼馴染というポジションに満足がいかなくなったのは。

 いつからだろう。これが彼女への恋慕だと自覚したのは。


 彼女と俺はいつも一緒だった。

  共に遊び、共に飯を食い、共に笑っていた。

 家が隣だから。親同士の仲が良かったから。そんな理由で彼女とは知り合った。

 知り合って、気が合って、気がつけば心を惹かれていた。友人、親友、幼馴染。どれも居心地のよくて、手放したくないポジションだった。


 けれど、ある時ふと足りなくなった。

 満足しているのにしていない。心が安らぐのに落ち着かない。

 漫画やゲームならば相手も此方を想っているのは間違いのないシチュエーション。呼び出して告白すれば、確実にOKを貰えるテンプレートなシチュエーション。

 けれども此処は現実だ。彼女の心は決して、俺には向いていない。

 その証拠に、今日も彼女は俺以外のとある男と話している。俺には見せない綺麗な笑顔で。心底楽しんでいる声で。

 そんな楽しそうな彼女が俺は大好きで、同時に大嫌いだった。そして、そんないびつな感情を無意識のうちに抱いている俺自身も、吐き気がする程嫌いだった。


 受験も終わり、高校卒業が目前に迫った月曜日。今日も今日とて彼女と桜の咲き誇った通学路を歩む。


 「あーあ、せっかく受験終わったのに、なんでまだ学校が続くのかなぁ」


 俺の隣で彼女が愚痴を漏らす。他愛ない会話で埋める通学路。俺が唯一彼女と二人きりで話せる一日の楽しみの一つ。


 「ま、そろそろ春休みだし我慢しとけよ。でさ、今年の春休みだけど…」


 「お……!」


 一緒に遊ぼう。そう言おうとした瞬間に、俺の言葉が突如男の声に遮られる。


「よっ、ヒカリユウ!相変わらず仲睦まじくて羨ましいもんだ」


「よぉ…ったく、お前も相変わらず朝からやかましいな…ちょっとはこっちの耳を気遣え」


「ハハッ、悪かったよ。次からはユウの為に静かに近寄ってやるから許してくれよ」


「その言葉、何回聞いたことか…」


  いつもの乱入にいつもの会話。下らない馬鹿話をしてヘラヘラ笑い、隣で聞いてたヒカリも笑う。いつもの光景。俺の好きな時間の一つ。

 この男はアキラ。高校に入ってから俺に最初に話しかけてくれた男子生徒。一番の親友、そう言っても差し支えないだろう。

  気が利き、優しく、明るい。性格に対して不満はない。どこまでもいい奴だ。アキラとは長い付き合いになる。そう思っていた。

 もしもコイツがヒカリの心が向いている相手でなければ、そう思い続けていただろう。

  アキラは良い友人だ。仮にヒカリと付き合って、結婚してもきっとヒカリを幸せにしてくれるだろうし、コイツにならヒカリを取られても納得できる。俺の頭はそう言っている。

 だが、心は違うのだ。

  ヒカリを独占したい。アキラに取られたくない。諦めたくない。納得なんて出来るわけない。

  嫉妬と独占欲が俺の諦念ていねんを阻害する。

 アキラと話しているのは楽しい。楽しいけど苦痛だ。

 アキラは善人だ。これは本心だ。

 それと同時に、俺からヒカリを取った悪人だ…と、心の一部がそう叫んでいる。

 毎日毎日、親友二人と戯れ続ける日々。それは快楽と自分勝手な苦痛が共存する時間。

 今日もまた、そんな二つの感情に耐えながら、親友二人と笑って通学路を歩いていく。


 これは、俺と親友二人が親友として歩めた最後の春の記録。

 その歩みを止めた時にある未来を、俺は…俺たちは知るよしもない。

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