寝室

 確かに罠はなかった……

 寝室までの道のりに罠はなかった。

 魔素は、濃いから非常に濃いものになっていたが……

 ルッフェは、必要最小限の魔力消費で魔術的罠を回避していった。

 普通の魔術師なら、晶術(固相)による常駐魔法を掛けて、必要な場所では、晶術を空術(気相)へ昇華させて広範囲で走査するのだろうが……

 さすがに魔族。

 魔法的感覚の鋭さは人間以上である。

 「犬猫みたいなものよ?」

 『そんなこと言わない』

 基本的に自身の出自を嫌悪する彼女は、あまり自身の能力を誇らない。

 種族的な特徴である「性喰い」も必要なければ、したくないと思っている節があるが……

 『なら、自慰行為も控えてください』

 「普通するでしょ!?我慢できるあなたがおかしい」

 自身の性癖が特殊(戦闘狂)なのは理解しているが……

 『僕はまだ、女性に幻想を持っていたいんですがね』

 「あなた……結婚適齢期って言葉知ってる?」

 実際問題として、すでに婚約者がいてもおかしくはないのだが……

 そも、母親の私生児という扱いで、父親の家を継ぐことになったのも、嫡子に男子が居らず、庶子にも男子はランスロットしかいなかったからである。

 なので、幼少に父の屋敷に連れられたのである。

 そして、実績を上げれば、母も呼ぶという約束をして、四つで剣を握らされ、文字通り血の滲むような訓練を受けて、十二で戦場に連れられ、三つの首級を上げ、戦士の称号を得る。

 『適齢期に社交界にほとんど顔出さなかったからですかね?』

 「知らないわよ?」

 ランスロットの剣名と美貌は、裏社会でも有名だったので、ルッフェも耳にしたことはあったが……

 今更ながら、こう云う関係になるとは、思わなかった。

 「はい着いた」

 『ここで本当にするんですか?』

 「ここを出るためには、私の魔術が必要でしょう?」

 確かにそうだった……

 ランスロットの法術は、自己回復と『気』功系の幾つかの魔法だけだった。

 壊すのは得意だが……探すのは苦手である。

 「さあ、やりましょ!」

 扉を開けた。

 が、次の瞬間。

 すべてが終わった。

 寝室には、やはり手入れの行き届いたベッドルームがあった。

 しかし、そこには先客が……いや、客ではないだろう。

 「……死んでるわね」

 『ここの主でしょうか?』

 遠目からでもわかる。暗い眼窩にルッフェは映っていない。

 映りようがない。眼球もいや、見事な髑髏が扉の前に鎮座しているのである。

 「主かどうかはわからないけど……」

 ルッフェは、骸骨を意に介さず空いているベッドに体を預ける。

 「私達の未来だってことは確かね……」

 この骸骨の死因や屋敷の本格的な捜索のための準備を始める。

 『なるほど……これ以上ない説得力です』

 ランスロットは状況の異常さを理解した。

 ここは「魔術師の塔」ではなく……「魔術師の墓」だったということを……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る