魔術師の塔

 そこは、見事な箱庭であった。

 木々の緑が目に眩しい……

 空は見えないはずなのに、まるで陽光の元を歩いているかのような気持ちのいい日差しが体を包んでいる。

 タイルで舗装されたきれいな……本当に美しい歩道を歩きながら、周りの景色に目を奪われていた。

 「こんな洞窟の奥に引きこもっている魔術師の『塔』にしては、趣味がいいわね」

 『貴族の庭園みたいですね。『魔素』の濃度はどうですか?』

 ランスロットの声には緊張が見える。

 それもそうだろう。

 ここは、おそらく「魔術師の塔」である。

 魔術師の奥義であり、自身の力の象徴でもある。

 「魔素の濃度は、確かに『濃い』わね……」

 魔素は、かつて地球を襲った「概念崩壊」によって物質の意味を大きく書き換えられた「ある物質」のことである。

 人類の使う「魔術」は、この魔素の状態変化によって効果が違うのである。

 気相では、範囲は広くなるが、効果が弱くなる。

 液相では、効果が強いが、その効果時間が短い。

 固相では、効果時間が長いが、効果、範囲が狭い。

 という基本的な特徴があり、魔術でその相転移を制御することによって、強力な魔術を行使できるのである。

 「魔素が濃い」ということは、強力な魔術師がいる。

 と、言うことである。

 特に敵対するわけではないのだが……

 生殺与奪権を相手に握られている。

 そういう状況であった。

 「……こんな優しい世界を作る魔術師だから、話が通じそうだけど」

 『『塔』に引きこもっている魔術師の神経がまともでは無い……気をつけるに如くは無いです』

 ランスロットは、緊張の弛緩したルッフェに言った。

 「随分と警戒するわね」

 レベルこそ違うが、ルッフェも緊張しているがランスロットよりも緩い。

 魔術の使い手である。という優位があるのを差し引いても、ランスロットの緊張は異常である。

 「前に魔術師に痛い目を見たのかしら?」

 と、ルッフェが軽口を聞くと、深く暗い声が帰ってくる。

 『妖術師討伐のときに『知り合い』が……』

 どうなったんだろうと意識を声に向けていたが……声の質から察した。

 やや戦闘狂のきらいのある聖騎士が親近感を持って「知り合い」と言ったのだ。

 親友の関係だったのだろう。

 「心配なのはわかるけど……」

 今が私の時間で良かった。と、ルッフェは思った。

 魔術師の塔の中で、先入観が命取りになるのを彼女は知っている。

 現状、彼女の余裕も「魔力感知」で周囲を逐一走査しているからである。

 姿が見えてきた「屋敷」も一見普通の貴族の屋敷である。

 庭園をそろそろ抜ける……

 『ルッフェ……』

 「……あなたは戦闘の天才よ」

 声に歩みを止めない。

 「私は、魔術の天才。戦いだけが事態を解決する手段ではないことを覚えておきなさい」

 歳相応の貫禄で、ルッフェはランスロットに言った。

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