洞窟
今更ながら、止せばよかったと思った。
軽い探索のつもりであったが、まさかこんな広大な坑道だったとは思わなかった。
『私、言ったわよね?』
そういう彼女が、何度目かの遅い警告をした。
『たぶん『コボルトの横穴』だって……』
雨宿りに入った洞窟が意外に深いことに気がついたのが、この冒険の始まりである。
ちょっとした興味から、奥まで行ってみるとその最奥にあからさまに人の手……いや、おそらく大地の妖精ーードワーフの大坑道広がっていたのである。
『この洞窟って『コボルトの横穴』だったのね』
と、彼女は言った。
見た目以上に歳を食った少女が言うには、坑道の空気穴に開ける穴をドワーフ達が、金属を腐食させる妖魔ーーコボルトに準えてつけたのだという。
実際、この規模の坑道なら、本当にコボルトが横穴掘っててもおかしくないわね。と彼女は、言っていた。
「と言うことは、ドワーフの集落が近いのかな?」
『どうかしらね?岩妖精共の思考回路はわかんないからなぁ』
そのときは、どういう事だろうと、思っていたが……つい、探検気分で入ってしまったのだ。
『坑道に入ったときには、反対しなかったじゃないですか?』
ランスロットが言った。
魔法の明かりで周囲を照らしながら、ルッフェは注意深く進んでいく。
罠の類は無いと思いたいが……この坑道が奥に行くほど枝分かれしていく、いわゆる侵入者殺し。行くは易いが帰り難い造りになっていることがわかった。
昼間、採掘用の坑道なら安全だろうとランスロットがずんずん進んでいったので、現在地すらわからない状況になってきている。
「普通、地図くらい書くでしょ?」
『書いてたじゃないですか……入れ替わった瞬間捨てられましたが?』
昼間、迷ったところからであるがランスロットは、几帳面に地図を書いたのだが……
「あれは、ポンチ絵って言うのよ……なんでも卒なくこなすのに、なんでこういうときに役立つ技能を持っておかないのよ!ばか」
『……』
絵を書くことは好きなんだけどなぁと、心の中で思ったが……
「貴族なら嗜み程度にはするでしょう?」
『その嗜む時間を修練に当ててました』
その声は思いの外暗かった。少年時代の暗黒史を思い出したのだろう。
「走査範囲が大きすぎて、私の魔術じゃ把握しきれないわね」
羊皮紙にサラサラと鉛筆でメモを走らせる。
それが盗賊言語であることをランスロットは理解できなかった。
都市盗賊ギルドで得た技術であったが、こういう場面でも役に立つ。
「これ、出るのに三日くらいかかりそう……」
『……こんな仕掛けをして、奥には何があるんでしょうね?』
誰もいない虚空に向かって半眼で一瞥する。
「……もう、欲望には流されないわよ?」
「……まだ、先がありそうね」
結果としてはルッフェは欲望に負けた。
理由は、まあ、いろいろだ。
『精神力が尽きたんですよね?』
「……なんで、シテくれないのよ?」
『……まあ、何となくです』
ランスロットは、静かに言う。
理屈はわかっている。
ランスロットと夢を共有するときは、どうしても無防備になってしまう。
絶対に安全な場所以外で、彼女と夢を共有するのは危ない……そういう判断をしたのだろう。
ルッフェは、そのリスクを負ってでも精子の補給をすべきと思ったのだが……
夢を共有するためには同意が必要なので、ランスロットの判断に従ったのである。
結局、その場で休むことを諦め……地図を書き進めながら、この坑道の最奥を目指すことにしたのである。
「普通に行ってもお宝に当たるのは百分の一くらいかしら?」
『分岐を考えるともっと有りそうですけどね……』
その言葉に軽く「そうね」と答えると黙々と歩いていくーー
「……運って信じてる?」
『あなたが信じていないことを僕が信じていると思いますか?』
「それもそうね……うん。
今、一瞬光が見えたのよ」
『出口……ではないでは無いでしょうね』
「ドワーフの集落かしらね」
もはや、ここがドワーフの坑道である可能性はない。
ドワーフは侵入者をまどろっこしい仕掛けを掛けない。
……かけるとしたらーー
「魔術師……の館?」
疑いようもなく灯りが見えてきている。
『時間を待ちましょう……僕に変わってからーー』
ルッフェはランスロットの話を無視して歩みを進める。
「『館』なら、私の方が得意分野よ!」
ダンジョンは、まだまだ続く……
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