盗賊宿

 今日はあいにくの天気だった。

 朝から降り続く雨に濡れた体は、重く。

 疲労もピークに達しようとしていた。

 旅の工程も予定より進まなかった。

 前の宿場で馬を借りなかったのが悔やまれるが、路銀が乏しいので贅沢は言っていられなかった。

 「だからーー」

 『だから、娼婦の真似事を僕が許すとは思わないことだ』

 独り言を発しようとした少女は、言葉を飲み込む。

 「いい加減にして!」

 大声で誰かに向かって言った。

 「私はあなたが親父の小袋の中にいたときから、一人で何でもやってきたの!

 言わば、人生の達人よ!?

 その私より、あなたみたいな小僧の判断のほうが正しいというの?

 現に今、その判断の不味さで『わーたーしー』が苦労してるのよ!?」

 『その人生の結果が、今の状況だと言うことをお忘れなく……おば様』

 「っ!」

 『そもそも、今の苦労の八割は僕が負ったものだ。

 君は、今しがた『僕と交代した』に過ぎない……それなのに一刻立たないうちに泣き言をいうのは、少々根気が足りなくないかい?』

 「あんたみたいな、体力バカと一緒にするな!ばか!」

 『君は魔術師として、もう少し思慮と忍耐を学んだほうがいいと思いますよ?

 僕の知る魔術師たちは克己的で勤勉でした』

 「わたしの魔術は、生来の物だから!

 人間の魔術とは根本的に違うの!

 そもそも、相転移?

 そんな、訳の分からない魔術式なんて、高等な魔族のわたしには関係ないの!」

 『夢魔は、中級ですよ』

 「人間の分類でしょ?」

 『そもそも、君は『混血』だろう?』

 「黙れ異郷徒!」

 少女は一人でまくし立てて、黙る……

 しとしとと鬱陶しい雨が、なめし革のマントを染み抜いて体を張っていく。

 不快さとどことなく気まずい空気を感じた。

 「ごめん……言い過ぎたわ」

 『僕も思慮が足りなかったようです』


 お世辞にも賑やかとは言えない……そんな宿だった。

 ランプがあったが、灯りが無く。

 そもそも、こんな寂れた宿に人がいた事自体が驚きだった。

 「こんなとこ、娘さん一人で来るところじゃないよ?」

 背中の曲がった老婆が一人で切り盛りしているらしいこの宿を見つけたのは重畳であった。

 少女の闇視。

 暗視を超える暗闇視界。魔族の特徴の一つで、暗闇でも昼間のように見える能力である。

 少女はマントを脱いで、宿の割に清潔な手ぬぐいで濡れたくすんだ金髪を拭いながら、老婆から部屋の案内をされていた。

 「もう消灯なの?」

 少女は廊下も待合室にも灯りが無いので聞いてみた。

 「この婆一人なんでね。夜遅くまでできねえのさ」

 前を行く老婆が寂しげに言った。

 「軽く食事が出来ればって思ったのだけれども……」

 『無理を言わない』

 「黙って!」

 急に大きな声で言われて、老婆が狼狽したように少女を見た。

 「な、なんだね?」

 老婆の顔に焦りが見える。

 「何でもないから、部屋に案内して」

 少女は、笑顔を作って言った。


 寂れた宿。

 街道から外れた宿……

 つまり、それは「盗賊宿」と呼ばれる強盗のアジトであることが多い。

 そして、少女が訪れた宿は、その典型的な宿だった。

 

 「顔はいいが、体がマジぃな……あれじゃ男を名乗っても気付かんぜ」

 大男が、除き穴から部屋を覗いている。

 部屋の中では、少女が手ぬぐいで全身を拭いている。

 上半身を大胆に脱いでいるが、性的にそそる要素が皆無であることを言っているのだろうか?

 仕草などは艶やかにも関わらず、娼婦のような魅惑を感じないのである。

 「まあ、穴が空いていれば商品になるか……?

 仕込む方が面倒そうだ。

 この雨で獲物は通らねえし……引っかかったのが、男女とは……今日はブツメツか?

 ……金目の物を貰って、放り出せ!」

 漏斗状の伝達管に乱暴に言った。


 『なぜ、覗かれてるのにわざわざ着替えた?』

 「濡れた服が気持ち悪い!

 それに、私の体を覗いたって面白くもないわよ?」

 『それを決めるのは、君じゃない……

 まったく……育ちの悪さの所為ではないだろう?

 君は、自分の体を大切にしなさすぎる……』

 「夢魔の本分は『夢』よ?

 ……あ、そうだ。

 また、お願いできるかしら?」

 『拒否できないんだろう?

 勝手にしてくれ……』

 少女は独り言を一通り終えると、すこし埃っぽいーー野宿よりはマシ程度のベッドに横になると瞳を閉じた。


 瞬間的に夢を見る。

 無意識と意識の間。

 白……いや、無色なのか?

 そんな色が無限に広がっている。

 そんな無味乾燥な夢である。

 そんな世界に少女は降り立った。

 それは彼女一人ではなかった。

 その無味蒙昧な世界に一人の青年が佇んでいる。

 「いつも思いますが……便利なものだな」

 「急いでいるから、早くしましょう」

 少女は、そういうとペタンと青年の前で腰を下ろした。

 「勝手に……!」

 言葉は遮るように、少女は青年の股間の陰茎を掴んだ。

 「いきなり、掴まないでください」

 少女は、指を這わせ、ゆっくりと扱きながら青年の方に顔を向ける。

 「急ぐって言ったわよ?」

 「便利に出ませんよ……」

 青年は、少女から自分の陰茎を奪還すると、少女の体に触れる。

 柔らかな肩から、鎖骨に指を這わせ、薄い胸肉に手を回した。

 「……悪かったわね。そそらない躰で……」

 攻守を完全に入れ替わられて、バツの悪い表情を向ける。

 その可愛らしいふくれっ面の首筋に唇を這わせると、少女は「ひゃ」っと声を上げる。

 這わせている指には、確かに乳房の感触がある。本人が思うより、ずっと魅力的な体をしている。と、青年は思っている。

 女性を夢の彼女しか知らないから、そう思うのかもしれない。

 さきほどまで雨水と土の匂いしか感じなかったのに、今は、甘く切なくなるような感触が、ゆっくりともたげている。

 「変態」

 強い言葉だが、言い方が弱々しく、青年の愛撫で息を乱して来ている。

 吐息が熱を持ち、青年の指にかかる。

 少女は不意に息を呑んだ。

 青年の指の侵略が、止まらず。

 少女の陰核に触れた。

 青年の指を拒むように、包むが、その抵抗は弱く。

 腕を抱え込むように抱きついた。

 首にかじりつかれるように抱きつくと、青年の陰茎を見つけて、指で触る。

 先ほどとは比べようもなく張り出した陰茎を見て、再び優しく「変態」と囁くと、ゆっくりと指を這わせる。

 お互い、快楽を貪るように相手の性感帯を攻める。

 「騎士様?お恵みを……」

 少女は、怒張する陰茎を両手で包み込むとそう囁いた。

 「構いませんよ」

 青年は、そう言うと愛撫をやめて腰を下ろした。

 少女は青年の陰茎に唇を触れさせると、舌を出し陰茎の先端に這わせる。

 青年が情けない声を上げると、少女は、俄然やる気が出てきた。

 アメを舐めるかのように嘗めしだくと不意に陰茎を咥え込んだ。

 そのまま、ゆっくりと陰茎を唇で扱きあげる。

 青年の息が乱れるのを感じる。そして、青年の手が、少女の髪に触れた。

 この行為は慣れたものだ。

 あとは、絞り出せばいい……

 ほとんど義務と化した行為である……

 「急ぎじゃなければ、もっとゆっくり出来るのに……」

 「活きますよ!?」

 青年はそう言うと、陰茎から射精して果てた。


 にわかに騒がしくなった宿に六人の男たちが……

 手に手に粗末な武器を持ち、少女の部屋の前で待ち構えている。

 「久しぶりの女だ……捨てる前に一発やる分には問題ないよなぁ」

 男の一人がいう。

 「商品にはしねえって言うから、勝手にしろ。女だっつーだけの生物だからな」

 「くすんだ金髪……?確か、その色が種族色だった種族がいたような気がするが?」

 男の一人が鍵穴から部屋の中を覗きながら言った。

 「魔族だろう?魔族の顔じゃねえだろ?

 あの種族は、もっと不気味な顔してるぜ?

 この前街で見たときは全身フードを被ってたなぁ……」

 「確かに、顔だけなら絶品だ。咥えて貰いてえぜ?」

 中の少女が身じろぎした。

 「お、起きそうだ……親方はまだか?」

 「こんなところを一人で出歩くような女だ……油断はできねえ!

 行くぜ!」

 「親分は待てって……」

 「殺さなきゃ大丈夫だ!」

 男たちはそう言うと、一斉に……


 轟音が屋敷全体に響いた。


 「ノックもしない野蛮人は……」

 扉の前にいる消し炭共に冷淡な視線を送る。

 「死んでも文句は言わないわよね?」

 『こういうのは過剰防衛というんだ……』

 「悪人に慈悲などかけない」

 『……君が悪人だとは最近思えないんだけどな』

 「っ!今言う?ねえーー」

 「なんだ!?今の爆発は!」

 大男は廊下の奥から現れ、手下の消し炭を見て舌打ちする。

 「バカ野郎ども……魔術師相手に先走りやがって!」

 「なるほど……見張らせて、油断してるとこを襲おうとしてたのね……案外頭はいいかもね」

 「……てめえ、どんな魔術を使いやがった?

 仕掛け魔術でこんな威力が出るわけねえ……

 魔法薬を使った形跡はないし、なにより、部屋の中に被害がねえのはどういうこった!?」

 少女は不敵に笑った。

 「人間レベルの魔術と一緒にしないで……魔族の中でも魔法の扱いに関しては最高位の『夢魔』の力を嘗めないでね?」

 そこまでいうと、大男が首を傾げる……

 「『夢魔』だと?

 ……どこが?」

 瞬間、さっき大人六人を消し炭にした轟音が大男を七つ目の消し炭に変えた。


 夢魔は、インキュバスとサッキュバスという種族に別れる。

 インキュバスは男性の夢魔で、少女に性的な欲求を掻き立てる。本体は醜い肉の塊で、人間を餌くらいにしか思っていない。

 サッキュバスは、人間の男に関係を迫って糧である精液を啜る。非常に整った美貌と蠱惑的な肢体を持つ。人間との共生しようとする。正体がバレると姿を消す。

 「だから、胸なし色気なしの小娘が魔族とは思わなかったんだな……混血も多いらしいし……」

 アッシュグレイの髪を無造作に後ろに束ねた青年は朝日の中で日課となった柔軟体操をしている。

 彼は、日中。

 太陽が、登っている時間帯だけ、体を支配できる。

 『うっさいうっさいうっさーい!どうせ、見えませんよ……』

 思考の片隅でいじけた少女。

 太陽が、沈んだ夜が彼女の時間。人間と夢魔との混血である彼女は睡眠を必要としないが、青年ーーランスロットが、寝ているときは何もしない。か、ナニをする。という約束である。そのかわり、彼女ーールッフェの生命や魔力の源である『精子』を提供する。なんか、羨ましい契約を結んでいるのだ。

 『そうだ!そんな私に欲情するお前が変なんだ!』

 「そうですね……なら、今後自制するようにしましょう」

 こう言ってできる人間は少ない……その少数派の覚者レベルの自制心を持つ青年は少女に向かって言った……

 『……そうなった場合、あんたは同性愛者の二つ名が付くわよ?』

 「娼婦の真似事は辞めなさい。まだ君は処女なのだから……」

 『うっさーい!』

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