魔女と聖騎士

駄文亭文楽

序章

 「今日ここにまかり越しましたのは、貴女への討伐任務を仰せつかったからです。男爵夫人……」

 一瞬、男爵婦人と呼ばれた少女は目を丸くした。

 サロンの男性たちも、その言葉を放った剣呑な青年の顔を見た。

 何かの冗談かと思った人。

 あからさまに敵意を剥き出す者。

 彼の美貌に嫉妬する者と、反応は様々だが……

 好意的に見ているものは少なかった。

 出されたお茶を冷める前に飲み干す。

 洗練された貴族的な作法に男爵夫人も目を逸らすことができず。

 彼から放たれる二言目に注目した。

 「この度『聖堂』異端審問官より、貴女が夫であるデュランダル男爵を毒殺。ご子息で後継者のローラン子爵を害したことは明白です」

 この可憐な少女然とした男爵夫人の冷酷無比の罪状を淡々と読み上げる青年騎士の目には、悪を許さぬ決然とした意思を感じる。

 「故に私に貴女の討伐が下されました」

 ゆっくりとカップを置く。

 「しかし、女性相手に剣を抜くのは騎士として、恥ずべき行為と思い、自死を促すために今日はここへ参りました」

 騎士の言に迷いはない。

 本気で……男爵夫人に「自殺」を強要しに来たのだ。

 もはや、聞き間違いではない。

 数人の腕に覚えのある男たちが、剣を抜く……

 が、一人としてその場を動くことができなかった。

 「あ……」

 青年騎士の剣気。

 抜かずともわかる相手との実力差に少女は、声を上げた。

 「……私はいつまでも……待たせてもらいますよ?」

 少女の死を……

 美青年の朗らかな声からは信じられないほどの恐怖しか感じられなかった。

 「巫山戯るなよ!」

 取り巻きの男たちの一人が、剣を突きかかった。

 その勇気には賞賛するが……

 その剣を、いつの間にか手に取ったケーキナイフで受け流す。

 所謂、巻技で武器を払い落とす。

 それを腰を上げずに手練だけでやってのける手腕は、まさに剣聖位の剣技の妙である。

 「アロンダイト伯ランスロット……」

 剣名が国内外にも響く若き剣匠の超絶技巧を見せつけられて、男たちは完全に戦意を喪失した。

 扉がゆっくりと開く音が聞こえると、我先にとサロンから出ていってしまった。

 数瞬後……

 サロンにはすっかり覚めたお茶を囲んで、二人の男女が残った。

 「……すっかり、退路は断たれてしまっていたのですね……

 あなたをここに招いてしまった時点で……」

 貴公子然とした佇まいを持つ青年をサロンから眺めていて、ついここに招いてしまったこと……

 「でも、私がこういう事が出来るとは思わないでしょう?」

 中空に指を走らせると、その軌跡が文字として浮かび上がる。

 ルーン魔術。

 魔術の中でも秘中の秘。

 口伝でしか伝わっておらず。

 また、習得にも時間がかかる……

 少女は、見かけ通りの年齢ではないのだろう……


 サロンにちょっとした爆音が響く。


 爆炎の中、少女はスカートを破り捨て、2階のサロンから宙に翻った。

 ルーンによる落下制御を発動させている。

 この程度の爆発で倒せたとは思えない。

 そもそも、瞬間発動させられる魔法の致死力などたかが知れている。

 こんな至近距離では魔術は無力だ。

 反撃の機を伺うためにもここは逃げるしかなかった。

 「ディバインウェポン」

 青年が神聖語で放った言葉に少女は愕然とした……

 それは神の信仰によってのみ得られる奇跡。

 長い修行が必要なのは、魔術と変わらないが、その方向性は真逆である。

 「聖騎士……」

 「覚悟!」

 青年は、法術で生み出した弓矢で少女を射抜いた。


 一撃で死ななかったのは、ある意味奇跡であった。

 彼が、聖騎士ではなく、弓騎士であったなら、確実に脳か心臓に致命傷を負っていただろう。

 しかし、今は命があったことを憎らしく思った。

 苦しみが長く続くからだ。

 やたら、広い庭の森に逃げ込み、大木に身を預ける。

 「致命傷だ……」

 人間よりも長生きな種族との混血である彼女は、見かけによらない長い時間で得た知識によって、自分が助からないことを悟った。

 「……所詮、魔族の最後はこんなものかしらね」

 自嘲的に苦笑し、空を仰ぐ。

 すっかり、日が暮れていた。

 太陽にも見捨てられたような感慨を覚え、意識を失った。


 意識を回復して、最初に見えたものは、陽光のような美貌を称える聖騎士の姿であった。

 「……」

 「その傷では、助からないでしょう」

 一瞬、トドメを刺しに来たのか?

 と、思ったのだが、そういう訳ではないようだ。

 「……」

 ふと、気がつくと地面に寝かされ、手を組んでいた。

 背中にはマントが敷布の代わりに敷かれている。

 「夢魔との混血児。天然魔術師として、闇から闇に生きた妖術師……モルガン・ルッフェ……」

 「……ルッフェ……そう呼んで」

 少女は老婆のようなかすれた声で言った。

 モルガンは、自分をこの世に「産み捨てた」女の名前。

 恨みこそすれ、愛すことなど到底できない……

 「何故、トドメを刺さない?」

 「必要があるとは思えません……それに100年の命の最後をただ一人で迎えるのは……寂しいでしょう?」

 気絶する前にあった激痛が無くなっている。

 もう感覚がないのだ。

 青年の言葉に涙が頬を伝うのがわかる。

 いいこともわるいこともやってきた。

 生きる為に仕方がない。

 人権など無い化物……

 それが夢魔と人間との混血である少女ーールッフェの人生であった。

 「あなたは変わっているわ。

 聖騎士は、悪と断罪した者への容赦なく鉄槌を下す者だと思っていたわ」

 死を前にして、しっかりとした声が出ていることに驚く少女。

 「私は……半分、異郷徒ですから」

 聖堂の支配の及ばない遠い地方からの流民の蔑称。

 「同情か……」

 少女は口には出さなかったが理解した。

 異郷徒は聖堂から人間扱いされない。

 「……ああーーあなたは、自らの慈悲によって身を滅ぼすのよ?

 魔族なんて……見殺しにすべきだったのよ?」

 少女は不敵に笑い……

 最後のルーンを放った……


 森の中で烈光が放たれた。

 いままで、横たわっていた少女の姿は無く。

 その少女を看取っていた青年の姿は、美しい乙女の姿に……

 「お、重い……!?」

 『……どういうことですか?』

 脳の中でやけに冷静な声が響く。

 しかし、今までのようなたおやかさがない。

 「な、なんで意識が融合しないの!?

 体も!?

 え?」

 彼女が命が潰えようか?

 と言うときに放った魔術は「融合魔術」

 精神を対象者と融合させる魔術で融合元となった精神を食らって、肉体の支配権を獲得するというものなのだが……

 今、彼女と彼の精神は見事に分割していた……

 そして、本来青年の体をそっくり貰う予定であったはずの肉体は、少女の精神に近い肉体に……つまり、女性化していたのだ!

 「馬鹿な!?本来なら『どっちかがいなくなる』から……こんな絵物語のようなことが起きるわけない!

 どういう理屈で、男の体が女にかわるの!?

 質量保存の法則はどうなってるーーのよ!」

 少女は、一瞬胸部を見たが……覚えのある母の胸部とは絶望的にかけ離れた物に絶望した。

 『……あれ?体が動かない……

 何が起きているんですか!?

 誰か説明してください!』

 どうやら、青年の方も自体の混沌さを認識し始めたようだ。

 「『だれか、せつめいしろー!』」

 重い鎧を着た美少女が、森の中で絶叫した。

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