第三部【英雄のミフォローギア】
いつか見たあの景色
――家の中はいつも紅茶とコーヒーの匂いに包まれていた。それは私にとっての幸せの香りだったんだ。
四つの頃、軍人だった父が震災があった時に私と母と一緒にいられなかったから、といつでも一緒にいられるように喫茶店を開いた。
軍人だった頃はいつも怖い顔をしていた父は喫茶店を始めてからよく遊んでくれるようになったのが嬉しかった。母もいつも疲れた顔をしていたけど笑顔が凄く増えた。だから、私はこの店がたまらなく好きだった。
喫茶店には様々な人間が顔を見せた。近くにある皇国大学の学生たち。近所の作家夫婦とその作家夫婦の家で住み込みで勉強している書生。裏のアパートメントに住んでいる私娼窟の従業員たち。父の軍人だった頃の友誼たち。そして、親戚の叔父と叔母。隠れ家的店舗であったものの当時風俗的なカフェーが多かった中、食事の品質と味にこだわった父と、紅茶とコーヒー、店内の内装にこだわった母の経営方針がウケて固定客を着実に顧客を増やしていった。
幼い私が店の手伝いをしていると、客たちに「ちっちゃいのにえらいね」なんてよく褒められた。その度に嬉しくて父と母に報告に行っていたっけ。それでまた父と母に褒めてもらってた。
もっと褒めてもらいたくていろんなことに挑戦しようとした。注文を聞いたり、サンドイッチを作ったり、父が作ったお料理とか紅茶を本当は運んだり、とか。だけど、父も母もいつもやらせてくれなくて。父は「危ないからな」って言って頑固者で。母は「お母さんのお仕事がなくなっちゃうから、また今度ね」って言ってやっぱりやらせてくれなくて。それがまた悔しくて、頬を膨らませてばかりだった。
――遠い昔日。眩しい笑顔。笑い声。どれだけ擦り切れ、薄れゆこうとも記憶の奥底にあるこの幸せな風景だけははっきりと覚えている。
だからこそ、痛い。かけがえのないものを失って、ぽっかりと胸に穴が空いたみたいで。
その日々が堪らなく嬉しくて、どうしようもなく幸せだったから。だから、
――私はあの赤い雨の夜を忘れない。
『私はお前をゆるさない。絶対に、必ず、復讐してやる』
『その幼い身にできるとは思えないが?』
『関係ない。必ず復讐してやる。殺してやる。たとえこの身が、この心が、擦り切れ、塵になろうとも』
『流石は■■の子、よく言った。刻んでやる、名を告げよ』
『—————アヴローラ・陽菜―————』
『ほう、では陽菜姫。お前も刻め、己が怨敵の名を。我が名は――グレゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン。貴様の不倶戴天の敵である』
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