第一章17 焔神 一

 端的に言って意味がわからなかった。

 ツァールとの死闘を演じている最中、真下からの強烈な発光。ただでさえ温度が高かったにも関わらずあの発光体の出現によって更に跳ね上がった。それこそ、辺りに浮かんでいる軍艦やらが自重で歪み始める程に。


 瑞乃を置いてきた長門は無事のようだがあの発光体のせいで宗一の安否が確認できない。何なんだこいつは……!? それにこの光、ただの光じゃない。人体に害を及ぼす毒の光だ。理由はわからないが、全身の細胞が一斉に活性化して何某かの影響から再生しつづけている。


『あやつの心配はせんでいい。今は己の身を案じろ』

「そういうわけに行くかよ」


 アマ公の言い草に少し腹が立った。あいつは死に体だったんだ。そんな状態でこんな灼熱地獄に晒されたら、たとえあいつが炎の祈りを持つ現人神だったとしても生死に関わる。すぐにツァールを殴りに行くべきじゃなかった。せめて、宗一を長門まで連れていくべきだった。


『いや、恐らくそれはしなくて正解だ』

「おい、アマ公、いい加減にしねーと……!」

『奴は無事だ――いや、無事と言えるのか、あれは?』


 困惑と焦燥の色が混じった感情を気取る。とは言え、そういう大事な話の情報を小出しにして欲しくない。事は急だ。


「歯切れが悪いな。人命懸かってんだ、はっきり言えよ」

『では単刀直入に。奴はあの光の中にいるぞ』


 何を言っている? と、そう問う前に一条の光が迸り、それがツァールの体を貫き、焼き払った。たった今まで己と生存闘争を繰り広げていた禍津神まがつかみを一瞬で、だ。何が起きた理解の範疇に無く、ただ突然の事態に言葉を失う。咄嗟に生弓矢いくゆみやを回収できたのは本当に出来すぎていた。


 そもそも、威力の桁がおかしい。直撃したからといってこの逢魔ヶ刻の階層主を一撃で葬り去るなんて、一体どんな威力をしていやがんだ……⁉ 

 光の熱で海が蒸発する中、海に巨大な穴が開く。唐突に開く大穴に既視感を感じて、あれはきっと階層主を撃破した事で三層目の黄泉比良坂よもつひらさかが開いたのだろうと推察する。

 前には進んだ。少なくとも俺達が成さねばならない使命には一歩近づいた。しかし、喜ぶ気にはとてもじゃないがなれそうにない。


『悠雅、祈りを全力で紡げ。殺す気でなければ殺されるぞ』

「何を言ってるんだ、お前……? あいつは宗一だぞ」

『あれがお前の知る小僧だと思うのか?』

「……、」


 ……違う。あいつはこんな慈悲の無い光は垂れ流さない。あいつの炎はもっと誠実で真っ直ぐなものだ。断じてこのような破滅的なものではない。

 ずるりと灼熱の輝きの中からどこまでも発火する人影が顔を覗かせる。よく、慣れ親しんだ顔だった。しかし、どこか目は虚ろで、焦点が合っていない。


「祈りが暴走しているのか……?」

『だろうな』

「なら、ド突けばいいんだな」


 対処法がわかりやすくて助かる。荒事は得意中の得意だ。

 しかし、この祈りの密度と規模、これはまるで第二階梯のもの。なるほど、俺の時と同じように土壇場で第二階梯に至ったんだろう。しかし、何某かがあって、本来の祈りが歪んでしまった。こんなものになり果てるなんて、何をどう祈ったらここまで歪むのか? そう疑問している間に、


 灼熱の輝きの内側より、炎を纏った男が完全に姿を現す。


 燃え盛る炎がそのまま人の形をしている。それが生き物のように動いている。さながら“生きた炎”みたいな。その男が現れた事でまた一段と気温が跳ねあがった気がした。否――これは緊張だ。ああ、はっきりとわかる。これは先の双子よりも遥かに危険なものだと本能が断じている。

 前座からの本命。ツァールの方も己が前座になるとは思ってもみなかったことだろう。



 ――なんてな。それは俺が一番思いたかったことだろうに。



 汗は既に滴る前に蒸発してしまう。これ以上気温が上がれば全身の水分が蒸発するだろう。凄まじい祈りの奔流だ。流石は宗一といったところか。だが、これはやり過ぎだ。お前をこのまま外に連れ出せば辺り一帯が灰になる。それにその光、それはダメだ。本能がささやいているのだ。あれは絶対に外に持ち出してはいけないものだと。


 天之尾羽張を深く握り込む。


「こんな形でお前とまた刃を合わせることになるなんてな」


 きっとこちらの言葉は通じていない。もし言葉を発せる余力があるのならこいつは自分で自分の心臓を穿つくらいはしてしまうから。ある意味で、宗一の祈りが意識を凌駕してくれてよかったと思う。こいつは頭いいくせに馬鹿だからな。俺以上に頑なだし、曲げない。


 天之尾羽張に祈りを込めながら薄く笑う。祈りを込める程に黒炎が噴出し十拳の祝とつかのはふりがより切れ味が増し、より長大になっていく。それに反応してなのか宗一が俱利伽羅くりからに白い光とも呼べる炎を纏わせて眩い光の剣に変貌させる。美しい光であるが、あれは俺の黒炎と同じ、死を運ぶものだとすぐにわかった。


 俺はゆっくり、宗一の元へと近づく。全く同じように宗一も。余りの熱風が顔を舐め、頬の皮が向ける。宗一の頬にも切り傷が生まれる。



 ——直後、火蓋は切って落とされる。

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