第一章18 焔神 二
十拳の祝と閃光の剣が激突する。黒炎と白炎が激突する。切断の祈りと炎の祈りが激突する。空間がたわみ、衝撃波が世界を舐める。いくつかの戦艦が揺れ動き、その内の二つが沈んでいく。長門は無事の様だが、くそ、こいつの相手しながら加減なんぞできんぞ。
鍔迫り合いを
「ぐっ――⁉」
迸る閃光が視界を焼いた。雷光の如き速度で迫り来る白い炎を正面から叩き切る。斬雷は既に経験済みだ。反応できる。加えてその速度は俺の世界にあるものだ。爺さんが俺に叩き込んだ薬丸自顕流の極意は“二の太刀要らず”。この一撃で全てを決するという想念である。そして、その体現とも呼ばれる“雲耀”という稲妻が走る速度と同等の速度域の剣技を受け続けてきた。国津神となった今でも躱せはしないが、アナスタシアとの激突のお陰で防ぐことは可能だという事は証明済みだ。とは言え、これでは防戦一方。防ぐことはできてもいつまでも防ぎ続けるのは不可能だ。ならば――黒炎だ。
この光はやけに尖っている。恐らく防衛には不向きだ。宗一の事だからいずれは使いこなすだろうが今は第二階梯に至ったばかりで慣れない大きな力に振り回されている。おまけに宗一の意識は無い。やるなら今しかない。
黒炎を大きく広げ、濁流の如く押し流す。分解の黒炎が灼熱の白炎と激突する。そのせめぎ合いは――こちらがやや優勢。どうやら祈りの規模はこちらに分があるらしい。先の閃光といい祈りの純度や深さにおいてはこちらが勝っている。しかし、何かおかしい。言い知れぬ不安が胸をかき乱す。
そうしている間に黒炎が白炎に押し返される。何かが、何かが起きている。
『物理現象か』
アマ公が何か口走る。俺は閃光を打ち払いながらその言葉に耳を傾ける。
『以前教えたな? 第二階梯に至ると祈りの武装化と祈りの本質の異能化が可能になると』
俺の切断の祈りで言えば祈りの武装化である十拳の祝。そして本質である分解を表す黒炎の事だ。
祈りの武装化とは言わば祈りの具現。そして、本質の異能化とは、その祈りがどうやって起こっているかを雄弁に語るもの。切断するために分解しているのだということを示している。
そして、ここでその話を持ち出すという事はそれらに起因するものということなのか。
『奴の炎の祈り、その本質が一体何なのか私には説明できないが、あれは神格自身の呪力とは別に物理法則に訴えかけることで力の総量を上乗せしている。それも尋常ではない勢いで。先の閃光の
冗談キツイな。あれほどの出力を永遠に撃ちっぱなしにできるのか。悪夢か何かと言われたほうが信憑性がある。だが、宗一の祈りなんだそれくらい出鱈目なものでも、なんか納得できてしまった。
宗一は俺を導きたいと言った。皆を照らす光でありたいと言った。なるほど、その眩い輝きはお前の祈りにふさわしいものだ。だけど、その死を振りまく光はどうにかしないとな――!!
再度、十拳の祝で斬りかかる。力の総量に制限がないことがわかったところで俺にできることは変わらない。むしろ後手に回れば回るほど宗一は力の使い方を学んでいくし俺の呪力は摩耗していく。無理やりにでも斬りかからねば何もできなくなってしまう。
しかしながら無尽蔵に放てる閃光と熱波。そして、俺と同等の剣技は俺の祈りを遮り続ける。ジリ貧だ。どうにか貫通させる方法があれば――。
ふと、腰の
『おい』
案の定、アマ公が咎めるように呼んできた。だが、身も蓋もない言い方をしてしまえば増幅器や強化装置と言っても過言ではない。現に俺はこいつを手にした途端、大鬼やショゴスを切れるようになった。あの出来事を踏まえれば俺の認識に間違いはない。
『……その通りだ』
何か、苦いものを噛み潰したみたいな口調で肯定するアマ公。わかっている。ただの強化装置だとは思っていない。その程度にはお前の人格を尊重している。お前の言うことを全て聞くかどうかというのは別問題だが。
閑話休題。
俺はただ、神器という決戦兵器が持つその機能を確認しているだけだ。その上で、腰に括り付けたもう一振りの神剣に視線を落とす。
もしもこいつを振るう事ができるのなら。
『……やってみるがいい。魂の眠っているそやつが力を貸すかわからんが』
「意外だな。お前は反対すると思っていた」
『私は我らが担い手を増やす事は好まないがお前達が複数の神器を保有する事については特に何も思わん。ただ強いていえば、平等に扱えよ? 我らにも個々の気位がある』
「そこについては問題ねえさ――」
しわがれた肉が未だこびりつき、未だその威容を見せぬ神剣に祈りを込める。問答無用容赦無し。無理矢理祈りを捩じ込み流し込む。ギシリと生大刀から軋む音が鳴り響く。そして、それを皮切りに生大刀の刃から黒炎が勢いよく噴出する。
――手を貸してくれるのか?
返事は無い。しかし、その刀身に纏う祈りの密度は凄まじい。天之尾羽張に全く負けていなかった。
迸る黒炎がこびりついた肉を焼き尽くし、本来の威容を露わにする。ただただ感謝しかなかった。あれ程の堕ちてしまったにも関わらず、また立ち上がってくれたのだ。ならば俺はそれに応えねばなるまい。
「行くぞ――!!」
天之尾羽張と生大刀。その両方に祈りを注ぎ込みながら突撃する。呪力が根こそぎ奪われていく感覚があった。しかし、負ける気はしない。これならあいつに、届く。
閃光の剣と十拳の祝が激突。更に黒炎を纏う生大刀を振りかぶる。その刃は白炎の装甲を切り裂き、宗一の肩を捉える。
宗一には悪いが肩を切り飛ばして倶利伽羅への祈りの供給を絶たせて貰う。
「――おおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!」
神器を失えば祈りの出力は落ちる。そうなれば黙らせることが出来るはず。
が、肉にめり込んだ瞬間、宗一の祈りはついに本領を発揮した。今の今まで溜め込み続けた莫大な力の総量が一気に解放される。
光、圧、熱、音。それらが一斉に牙を剥いた。咄嗟のことで黒炎の盾を成形して難を逃れる。全身が炭化していてもおかしくなかった。そんな出鱈目極まりない威力の爆発。生大刀を手にした事で祈りの出力が倍加したお陰で防ぐ事が出来たがその衝撃を殺し切るに至らず俺は遥か彼方に吹き飛ばされた。
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