序章12 帰路の合間に

 光喜の買い物に付き合っている間に雪雲は晴れ渡っていた。代わりに空に浮かぶのは黄金の斜陽である。斜陽は皇都を黄金の都へと変えていた。

 絢爛豪華けんらんごうか百花繚乱ひゃっかりょうらん

 嘗て欧州列強を目指し、国を豊かにしようと志した者達がこの光景を見れば涙を流して礼賛する事だろう。


 見上げれば朱色の空と、それを闇夜の帳が覆い隠そうとしている。そこを一文字に引き裂く三羽の鉄の怪鳥。

 皇国空軍が今朝に続きまたも航空演習をしているのだろう。

 見果てぬ先を目指す人類はどこまでも進化し続ける。いつか空に浮かぶ月にさえも足を踏み入れるのだろう。その後は、一体どこを目指すのだろう?


「人が月に辿り着く前に俺はこの国の剣になれるのだろうか……」


 それほどまでに俺の目指す場所は遠い。

 そんな、まだまだ未熟な身で正規の軍人になるとは。

 上官からの命とはいえ正直、疑問はある。宗一や光喜、藤ノ宮の採用は理解できる。あの三人は控えめに言っても一流の現人神、呪術師だ。しかし、俺には技量も、異能も、知恵も、まだまだ軍人になるには余りにも未熟。にも関わらず、東御陽菜とうみはるなはあの三人と共に俺を選んだ。


 あの三人よりも優れている部分なんてそれこそ身体能力ぐらいしか思いつかない。肩を並べて共に戦う事になったとしたら精々肉壁として敵の攻撃を防ぐ事くらいしかできないだろう。

 普通そんな非生産的な事をするだろうか? いくら再生能力が高いとはいえ、いつ崩れるかもわからない不安定な盾なんぞ使う理由がわからない。


 俺を使う理由。未熟な現人神を使う理由はなんだ? 差して強力なものでもない異能。ただ斬る事しかできない異能に何かを見出してるのか?


「——随分ずいぶん、浮かない顔をしているじゃないか」

「……大佐殿」


 噂をすれば影が差すというのは本当なのか、そこには大佐殿の姿があった。

 この広い皇都で、偶然考えていた人間と鉢合わせになるなんてどんな確立だ? まだ、ずっと監視されていたという方が現実味がありそうだ。


「なんでこんな所に……?」

「私だって軍人である前に皇国民だぞ? 町に繰り出すくらいするさ」

「……あんた暇なのか?」


 思わず白い目で。しかし、流石に不服に感じたのか目を吊り上げて睨みあげ、腹部に向かって拳を叩きつけてくださった。


「ってぇ……」

「上官を馬鹿にするからそうなる」


 ふん、と鼻を鳴らして背を向けるとフラフラとどこぞへと歩いていく。やがて一軒の店の前で立ち止まった彼女は、べったりと飾り窓に張り付いて中の様子を覗いている。

 その場で帰っても良かったのだが、


「……なんか危なっかしいんだよなぁ」


 この一言にすべてが集約されていると言っても過言ではない。仮にも大佐階級の人間に言っていい言葉ではないのだろうが、あの見た目だ。放っておいて暗くなるまでほっつき回られて誘拐された、なんてことになったら目覚めが悪い。


 さて、一体何を熱心に見ているのか? そっと大佐殿の背後から中の様子を窺ってみると捩じり鉢巻きを額に巻いたオッサンがせこせこと熱された鋳型の中なかでふつふつと泡を吹いている黄色がかった生地に餡子を乗せていた。


「たい焼きか」

「うむ。以前友人が旨いと言っておったのだ」

「ここのたい焼き屋のたい焼きはそんなに旨いのか?」

「というよりか、私はたい焼き自体食べた事が無いのだ」


 そう珍しいものでもなく、皇都には何十件もたい焼き屋があるというのに食べたことが無いなんてあるのか? ましてや今にも硝子窓を破って焼きたてのたい焼きに齧り付かんとしているような奴が。


「食べてみたいぞ」

「食べればいいじゃないか」


 仮にも大佐階級なんだ。たい焼きの一個や二個購入するなんて訳ないだろう。

 しかし、大佐殿は財布を取りだす素振りすら見せず、頭上の俺の顔を見つめ続ける。


「……なんだよ?」

「買ってくれ悠雅!」

「あんた大佐だろう。ついさっき正規軍人になった俺よりも持ってるんじゃないのか?」


 何を持っているかは言わずもがなだが、大佐殿は唇を尖らせて、


「私は私が稼いだ金に触らせて貰えないのだ」


 よく考えればごく当たり前な事だった。こんな小さな子供に大佐階級の給金は大金に過ぎるだろう。

 そうなると一体誰がこいつの財産を管理しているのか気になった。が、それ以上は無礼が過ぎると思い直し、そこから先は口にするのはやめることにした。


「仕方ねぇな」


 別段高い買い物でも無いしな。

 大佐と俺の分と一応姉ちゃんの分と爺さんの分を買っておくか。

 オッサンに紙幣を渡し、紙袋に四枚たい焼きを入れてもらう。


「四つ? 私にそんなにくれるのか?」

「アホ、家族の分だ」

「————、」

「……?」


 一瞬。本当に一瞬だったと思う。妙な目つきだったと思った。色味が無いというか、精彩が欠けていたというか。何かが抜け落ちたような目。

 ただ先も述べた通り本当に一瞬で、今はもう既に満面の笑みで買ってやったたい焼きに齧り付いている。見間違いだったと自分の中で納得できるような事案だが、何故だか妙に引っかかった。

 理由は……不明。

 些末な事と断ずればいいのに関わらず。一瞬見えた気がした彼女の‟影”が気になった。

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