第二章10 無知を恥じる

 それからややあって、俺達は解散した。件の銀の黄昏教団とやらを襲撃するのは明日の明け方に決定したらしく、今日は準備に使うとして俺は大佐からゆっくり休むよう念を押されてしまった。


 よって、ちょこん。自室の寝台の上に俺の姿はあった。うぅむ、どうせ暇になるのなら藤ノ宮の身の回りの雑用を買って出ようと思っていたのだが、大佐にああ言われた手前、藤ノ宮が俺に雑用をさせる訳もなく、手持無沙汰になった俺は致し方なく自室に腰を下ろすしかなかった。


 暇だ。


 ぼんやり、天井を眺める。何の変哲もないつまらぬ白い天井だ。そうしていると、アマ公が、


『暇なら私を磨かないか?』


 そういえばこっちに戻ってきて手入れをしていなかったか。ずいぶん苦労を掛けた事だしそうするとしようか。

 布巾と砥石を用意して、ひたすらに磨く。ごしごしと磨く。

 砥ぐという行為は普通、刀、包丁とかもそうなのだが磨く刃物の方を動かして角度を調節しながら行うものだ。だが、天之尾羽張は長大で、無骨。常人であれば振う事すらできない程に巨大で、重い。ここまで大物になると逆に砥石の方を動かしてしまった方が楽なのだ。


 しかしこうしていると爺さんの背中を流してるみたいで、すこしばかりおかしい。


 やがて、磨き終わるとくすんでいた刀身がぎらぎらと赤銅の刃が輝きだす。アマ公も自分が磨かれたことに満足したのか機嫌良さげに鼻を鳴らしてみせた。


『感謝するぞ、悠雅』


 彼はそう言って左腕に刻まれた術式に吸い込まれた。なるほど、なんで戻ってこないのかと思っていたがずっと手入れされるのを待っていた訳か。それならとっとと言えば良かろうに。面倒くさい神器様だ。


『喧しいわ』

「はいはい、悪かったよ」


 そう返しつつ、また暇になってしまった、とまたその場に転がり込んだ。

 道場に行って素振りでもするか? と木刀に目をやるも。今すべきことではないと首を振る。どうせなら少し知識を納めるとしよう。

 思い立ったら吉日である。飛び起きて寮の書庫に赴こうとすると廊下でばったりと光喜と遭遇する。何で休んでいないのか? そんな咎めるような視線を感じて慌てて取り繕うように、


「――ちょっと書庫に行こうと思ってな」

「ふぅん……」


 まったく感情を込めずに鼻を鳴らして俺の手元を見遣った。何を気にしているのか。


「どうした?」

「木刀持ってないかなーって確認しただけだよ」

「持ってないだろう」

「そうだね。でもなんで急に書庫なんかに?」

「……少し、無知を恥じるべきだと思ってな」

「悠雅が……勉強、だと!?」


 馬鹿みたいに口をあんぐりと開けて、壮絶な顔を見せる美少年の姿があった。というか普通に無礼だった。


「馬鹿にしやがって」

「だってあの悠雅がだよ? 年がら年中剣を振る事しか考えてなさそうな脳筋がだよ? 信じられる訳ないじゃない――って痛い痛い痛い痛い!!」


 ぐりぐり、無礼者の側頭部に梅干しをねじ込んでやると、彼はすぐさま悲鳴を上げて降参してきた。降参した人間をこれ以上、いたぶるのは良くない。降り首は恥だしな。


 手を離してやれば光喜は涙目で睨みあげてきた。まるで不服だと宣うように。


「馬鹿力、脳筋、悠雅」

「おい、それじゃあまるで俺の名前が罵倒する言葉に聞こえるぞ」


 ……あれ、このやり取り前もやった気がするぞ?


「――でもまあ、いいんじゃない? 勉強。僕が教えてあげるよ。あ、そうだ、ついでに力の使い方を学ぼうか」

「ん? 流石に力の使い方なら心得ているぞ?」

「どこがさ? あんなぐりぐり、一般人がやられたら弾けたザクロみたいになるからね?」

「一般人にやる時は加減するぞ?」

「じゃあ加減してよ!?」

「お前、一般人じゃないだろ……」

「心は一般人なの!!」


 何言ってんだこいつ……。


「今、絶対『何言ってんだこいつ……』とか思ったでしょ?」

「おう、よくわかったな?」

「本当に思ってたのかよ、この脳筋」

「ひどい言い草だ」

「顔に出すぎなんだよ、バカ」

「そういうお前はひ弱に過ぎるぞ」

「あ」


 しまった、とばかりに彼は口覆う。ああ、これは俺にもわかったぞ。お前は今こう考えているな?


「『地雷を踏んだ』、か」

「くっ――!!」


 悔しそうに睨む光喜に小気味の良さを感じて思わず口元を緩めた。


「今度俺と稽古しよう」

「嫌だよ!! 稽古ってあれだろ? 悠雅と宗一がいつもやってる殺し合い染みたやつでしょ!? 嫌だ嫌だ絶対嫌だ!!」

「殺し合いとは人聞きが悪いな。普通に稽古してるだけだぞ」

「どこがさ!! いっつも青タン作ってるくせに!! 僕は痛いの嫌いなの!! そんな野蛮なことしないの!!」

「まあ、そう言うなよ。確かに少し痛いが、学べることも多いぞ」


 後から「立ち回りとか」と付け加えるも光喜は絶対嫌だと頑として首を縦に振らなかった。やはりこいつはこういう事に向かないらしい。軍人たるもの多少なりとも剣の心得があったほうがいいのだが、俺が銃が苦手なのと同じように光喜は剣が苦手であった。


 そういえば、ずいぶん前に剣だと直に命を摘み取らなければならない気がして嫌だと零していたか。剣も銃も、どちらも命を摘み取る兵器であるということは変わらないのに。よくわからない感覚だ。


 銃か。俺も少し、できるようにならないとなぁ。とはいえ、呪装銃が使えないこの身、使うとなると火薬式の種子島のようなものになるわけだが。

 今更そんな骨董品を使うくらいなら斬ってしまったほうが良いか。光喜の祈りと違って俺は剣が無ければ祈りを発現できないのだし。



 ――っと、いつの間にか光喜の背中がずいぶん小さくなってしまっていた。


「何ぼさっとしてんのさ。早く書庫いくよ」


 ヘソを曲げてしまったようではあるが一応俺の面倒を見てくれるようではあるらしい。やれやれ、とこっそり零し、俺は光喜の後を追った。

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