第二章8 続・圧迫面接
「――それで我々にはその第三層をねぐらにしている彼奴等を掃討しろということか?」
「何を言っている。それは貴殿らの本分だろう? その前にやってもらう事がある」
「というと?」
「連中の拠点を突き止めた。そこを襲撃してもらいたい」
パサリと皇都の地図をひろげた杉山大佐は一点を指さしてこう告げる。
「皇都湾岸地域にある外資系貿易企業“シルバーキー”。ここで連中を潰せ」
「そういうのは他の部署の仕事だと思うが?」
「残念ながら聖帝勅令だ。粛々と遂行するが吉だぞ――」
口の端を限界まで上げて杉山大佐は、心底楽し気に言い放った。
――しばらく話し合った末、二人の大佐殿は応接間から執務室に場所を改めた。何かいろいろ書類を直接渡す様な事を言っていたが、恐らく内密の話があるのだろう。そうでなければ誰かしら荷物持ちに同伴させるはずだから。
ポツン、部下達だけ取り残された。妙な空気が立ち込めているような気がした。決して険悪といった風ではないが、本当に妙な空気。緊張? だろうか。
特にアナスタシアの顔色は余り良いものには思えなかった。今朝の大英雄同士の話し合いに同席していた時の方が断然顔色が良い。なぜ彼女の顔色がこんなに悪いのだろうか? そんな疑問を浮かべるもその疑問は直ぐに氷解する。
目の前に並んでいる姉弟子たち。その真ん中に立つ一人の女、深凪東花がひたすらにじっとアナスタシアを見つめていたのだ。敵意は……多分ない。ただ、あれはもっとやばいものだ。
魚みたいな目。そういう目で見つめているのだ。ああ、あれは怖い。
アナスタシアを陰に隠してやろうと僅かに位置をずらそうとしたが、彼女はそれを俺の手を握ることで制した。そうすると尚のこと余計に姉ちゃんが目を丸くした。そうして、ようやく、淀んだ沈黙の空間を裂くみたいに、
「へえ――」
と、姉ちゃんが声を漏らした。
「案外度胸あって良かったわ。悠雅の影に隠れたら片手一本貰うとこだったのよ?」
なんて恐ろしいことを宣うんだこの女は。
「お久しぶりです殿下。間宮邸以来ですね」
「……え、ええ、お久しぶり、ミス・ミナギ」
「あれから色々あったみたいですね? うちの弟がずいぶんお世話になったみたいで感謝いたします」
「こちらも何度も助けていただいたので、大変感謝しております」
「そう。ところでうちの弟と恋仲というのは本当なの?」
「なんで姉ちゃんが知ってんだよ!?」
堪らず口を挟んでしまったが姉ちゃんは俺に
「この子はね、私のたった一人の血を分けた家族なの。そんじょそこらの馬の骨に上げたくないのよ。わかる?」
その問いかけを聞いて、『あっ、これ圧迫面接の続きだわ』って思わず口走りそうになった。
「ハニートラップに引っかかるような子ではないけど、この子ってほら? お馬鹿でしょう? 騙されてるんじゃないかって思っているの。そんなことになっていたら、ね? ほら、殺してしまいたくなるでしょう?」
カチャリ、カチャリ。軍刀の鯉口を切っては納め、切っては納めを繰り返す。機嫌が悪い時に出る姉ちゃんの癖。鯉口とハバキを傷めると爺さんから注意された癖。剣士を煽る悪癖だ。
「……おい、いくら姉ちゃんでも怒るぞ」
俺は姉ちゃんより弱い。姉ちゃんには絶対に頭上がらない。これは生涯変わることは無いだろう。それでも、愛した女を貶されて黙っていられるほど男は捨てていない。
俺が鯉口を切った事でようやくぎょろりとこちらに瞳が向く。黙っていろ、そう目が訴えている様に思えた。でも、俺は黙らない。
「姉ちゃんがこいつをどうしても斬りたいならその前に俺が相手になる」
「悠、今は公務中なんだから姉ちゃんじゃなく大尉と呼びなさい。それに、あんたが私に勝てると思ってるの?」
「思わんね。だが、負けるとも思わない」
「へえ、面白いこと言うのね。その心は?」
「あんたは確実に俺を斬れない。あんたが俺の姉ちゃんである限りあんたは俺を絶対に斬ることはできないからだ」
そう言い放ってやると姉ちゃんは呆気にとられたみたいにしばし呆けた面を見せた後、くつくつとこらえるように笑った。
「――ああー、面白かった。やっぱり私の弟最高でしょ」
「東花、ちょっと意地悪いですよ?」
そう言って苦言を呈したのは姉ちゃんの隣に立つ癖毛の男――東雲堅二。兄弟子の一人で幼い頃から姉ちゃんのやり過ぎなシバキに対して俺と宗一を守ってくれた人だ。人好きする笑顔が印象的な御仁で、藤ノ宮家や土御門家ほどの旧家ではないが呪術の名門の跡取り息子。
「確かに俺も悠雅があろうことか旧北法露西亜帝国の姫君と一緒になったと聞いた時はたまげたがお前のそれは大人げないな」
間宮修哉。間宮家の次期当主にして藤ノ宮雪乃の許嫁。もう一人の兄弟子で、軍人になってからは忙しく顔を出さなくなったが昔は良く俺の相手をしてくれた面倒見のいい人だ。
「少しくらい良いじゃない。大事な家族を見ず知らずの女に取られちゃったんだから」
「だからといって無礼に過ぎるわド阿呆」
ごつんと巨大な拳が姉ちゃんの脳天に直撃する。修哉兄さんは比較的ガタイのいい俺や宗一よりもさらに背が高く、そして体が大きい。そんな彼の拳は重く、とてもとても痛い。
「済まない皇女殿下。こいつは少し弟が好きすぎるきらいがある。勘弁してやって欲しい」
「いいえ、彼女のお気持ちはお察します。少なくとも、私と一緒にいて今後彼が酷い目に遭わないと言い切れませんから」
「それがわかっていてどうして一緒にいるのか私には理解できないんだけど?」
眉尻を釣り上げて姉ちゃんが問う。今度は掛け値なしの殺意を向けて。思わず姉ちゃんとアナスタシアの間に割り込もうと動こうとしたがそれよりも先にアナスタシアは一歩前に出て、
「恋も愛も理屈でなんか説明できない。そんな野暮な言葉がこの国にあって? 少なくとも私の国にはない。彼は私を守ってくれると言った、愛すると言ってくれた。ここまで言われて何も思わない女はいない。いたらそいつはただの不感症よ。私は彼の言葉を信じて付き従う。彼が私から離れない限り私は彼から離れない」
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