第二章7 杉山泰道
――特務機関とは陸軍内において特殊な地位を確立している組織だ。敵国に乗り込んで敵兵と殺し合うというよりか、諜報、破壊工作、暗殺といった特別な任務をこなす。俺達第八分室――“特戦科”もそうで、逢魔ヶ刻の征圧という特殊な任務に従事している。
そんな特殊な部門故に横の繋がりはとにかく希薄だ。特に俺達が所属する特戦科は本当につながりが少ないらしい。他の分室が何をやっているかすら知らない。だから、こんな事はまず無いと思っていた。
「――初対面の人間が何人かいるようだし自己紹介を済ませておこうか」
そう切り出した男と共に俺達の姿は応接間にあった。それもこちら側が上座で。普通客人は上座に座らせるものだが、こちらの方が立場が上なのだろうか? 爺さんを尋ねる客人は大抵下座に座っていたからおかしいわけではないと思うが。
そんな風に疑問を過ぎらせていると、
「私は特務機関第九分室所属【
うちの上官殿と同じく大佐だ。……二十代位に見えるがそんな若さで大佐だなんて、と以前ならば思っただろうがもっと有り得ないのが目の前にいるためどこについては驚くことは無かった。……麻痺してるよな、どう考えても。
杉山と名乗った男は隊長と同じく、浅黒い肌と整った顔付き? を見せている。疑問符を付けたのは彼の顔がやけに覚えにくいからなのだが……うーむ、隊長の時もそうだったのだが、肌の色が変わるだけでこうも覚えにくいものなのだろうか? 顔全体にもやがかかってる、みたいな。自分の脳みそが心配になってくる。
それよりも驚きなのはこの杉山大佐の後ろに控えている三人だ。
我が姉である【
「嫌味か杉山。よりによってその三人を連れてきおって」
我らが東御大佐は今にも杉山大佐の喉笛に飛びかからんと犬歯を剥き出しにして憎々しげに睨んでいる。
「君も私が狙っていた子達を全部掠め取ってしまったじゃないか。それも士官学校を中途で卒業させてまで。常軌を逸している」
対する杉山大佐はニヤニヤと笑みを絶やさない。度々会話の中に出てきていた彼の名前。どうやら浅からぬ因縁があるようだ。それになんだ? この二人の会話から察するにこの場にいる全員を二人で奪い合っていたことになるのか? 一体何で? 理由がとんと思いつかない。
「――それで、何をしに来た、杉山?」
「そう構えるな。かの有名な神剣・天之尾羽張に選ばれた現人神の顔を拝みに来ただけだよ」
「ハッ、笑わせるなよ杉山。お前は物見遊山で足を運ぶほど野次馬根性猛々しい男では無いだろう。嘘八百並べてないでとっとと要件を言えよ」
「手厳しいなぁ」
そう言いつつも彼の顔は貼り付けたみたいな笑顔を崩さない。この得体の知れなさは隊長に通ずるものがある。
というか、似ている? ような気がする。顔の作りはそこまでではないように思えるのだが……纏う雰囲気、とか。そういうの。
「件の露西亜帝国軍残党が“銀の黄昏教団”と接触したらしくてね。いよいよ残党狩りに打って出る事になった」
「……厄介な連中とつるみおって」
「
――“啓明結社”。世界各国の裏社会を牛耳るとされる秘密結社。皇都の
しかしその、“銀の黄昏教団”? なる連中は初めて聞いた。
「
小声で補足してくれたのはなんとアナスタシアだった。どうにも帝国時代、そいつらがモスクワで暴れた事件があったらしく、鎮圧に駆り出されたドミトリーから話を聞いていたらしい。
曰く、英国の黄金系と呼ばれる魔術結社と同じ流れを汲んでおり、その大幹部たちは
特に最高幹部の【アン・シャトレーヌ】とかいう女は特に危険らしく、国連でも多額の賞金をかけているのだとか。外つ国は外つ国で修羅の巷であるようだ。
「――しかし、表のそういったゴタゴタは我々の関与するところではない」
「ははは、露西亜帝国軍残党がいるというのに薄情じゃないか」
……こいつ、アナスタシアの正体を知っている? ぞわりと背筋が震えて、腰に差した軍刀に手を伸ばしてしまいそうになるくらい警戒心を強めた。柔和そうな笑顔を浮かべながらこの男、しれっと脅迫してきているのがわかる。クソ、腹ん中真っ黒だな、ちくしょう。
「――一人剣呑な空気を出してるのがいる事だし冗談はこれくらいにして」
「それを冗談と言い切るのかよ怪物?」
「ああ、言い切るとも。それが私だからね」
「ふん、どうせ貴様の事だ、何をしても筒抜けなんだろう?」
「腹芸で君と真っ向から立ち向かえるのは私だけだからね。だからこそ君の監視を命ぜられてるわけだが」
「奇遇だな。私もお前を見張れと上から言われているよ」
大佐はその後に「ごめん被りたいところだがな」と付け加えた。というかそんな話を大っぴらに交わしていいのだろうか? そんな風に疑問符を浮かべている間に話は思いもよらぬところに着弾する。
「以前捕まえた残党の人間がようやく吐いたんだが、連中どうも逢魔ヶ刻で何かをやっているみたいでな」
「————、」
思わず声に出してしまいそうになった。確かに、第一層で帝政露西亜残党の痕跡を発見したが、まだあそこで何かしようとしているのか?
「第三層で何やらいろいろ実験――いや儀式と言った方が正確か。とかく、何某かやっているみたいだ」
「第三層だと? 連中になぜそんなことがわかる?」
「キザイア・メイスン。報告は受けてるだろう? かの有名な魔女が導師の座についたらしい」
「アン・シャトレーヌがよく許したものだな。しかし、キザイア・メイスンか……次元跳躍術式があれば逢魔ヶ刻への潜行も容易だろうな。ふざけた魔女め。こちらが厳重に
「キザイア・メイスンの事も頭が痛いが問題はそれだけではない。彼奴ら、ヴァチカンが二千年以上地下深くに封印してきた“黙示録の獣”の遺骸の一部を強奪したらしい」
「黙示録の獣……という事は第三層はルルイエとでも言うのか?」
「さあ? 私達は逢魔ヶ刻については門外漢だ。詳しいことはわからないよ」
「よく言うわ……」
大佐殿の悪態に対し、杉山大佐は実に楽し気に、かたかたと笑っている。どこも楽しい要素が見つからない話題の筈なんだが。どこかふざけている様に見えてちょっと不快だった。
それにしても、この短時間に様々な情報が出てきたものだ。
第三層。
銀の黄昏教団。
アン・シャトレーヌ。
キザイア・メイスン。
ヴァチカン。
後は、聞き覚えの無い単語。
黙示録の獣。
るるいえ。
いい加減少しは知識を納めた方がよさそうだ。今みたいにアマ公を所持していない時に周りに誰もいなかったら恐らくその場で小首を傾げるくらいしか俺にはできないから。
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