第四章16 激憤の焔 二

 宗一は続いて無数の炎の鞭を作った。炎の鞭はそれぞれが意思を持ったように独立した動きで宙空の俺を殺到する。それも迎撃し辛い左側面を執拗に。


「――ぐっ!?」


 やがて俺は背後から迫っていた鞭の一本に強かに叩き落とされ、大きな隙を晒す。そんなものを見逃す訳もなく宗一は特大の一撃を用意する。あの牛鬼を焼き払った業火の龍だ。


 まだ距離を空けているというのに顔が焼ける程に熱い。流石の熱量だ。尋常ではない。しかし、俺も簡単に焼かれるほど平和ボケしていないぞ。


「ふっ――」


 短い呼吸と共に俺は一気に駆け出す。迫り来る龍に向かって。俺は敢えて巨龍に挑む事にしたのだ。

 体を一気に捻り、力いっぱい薙ぎ払う。龍のいななきを切り払い、龍を切り殺す!!


「——なっ⁉」


 爆炎の騒音に紛れ、宗一が驚く声を聴いた。そうだろうな、そもそも俺自身も驚いている。

 炎を斬る。俺も以前まではこんな事できなかった。俺もアマ公のお陰で力をつけている、簡単には膝を着いてやるものか。


「ハァッ!!」


 天之尾羽張の刃と宗一の神器が再度まぐわう様にぶつかり合う。アンナの時と同じように炎を放出し続ける事で俺の祈りを阻んだ。こうなると異能と異能の戦いというよりかは正真正銘、祈りと祈りのぶつかり合いになる。


 ただでさえこうして剣の間合いに入らねぇとこっちは攻撃のしようがねぇってのに、いざ間合いに入ってもこれか。宗一の祈りの質の高さをまざまざと見せつけられた。だが、俺も負けてねぇ。


 この間合いまで入れば俺にも勝機はある。


「——お前にしては随分と狼狽うろたえていたじゃないか?」

「どうして裏切った?」

「そう言うと思ったよ」

「わかっているなら何故だ⁉」

「俺がお前を裏切っていると思っていないからだ」

「あの女がこうしてこの国に露西亜の手の者を引き入れたのではないか!!」

「あいつはそんなことしねぇ!!」


 大体、本当にそうならもっと上手く動くし、もっと早く動く。ここで犠牲を払う事も無かったはずだ。それに何より――


「あいつは、良い奴だよ」

「……あの女の色香に惑わされたか、この痴れ者が!!」


 炎の放出が強くなる。顔の皮がぺりぺりと剥がれ、痛む。でも、それよりも胸が痛んだ。

 宗一の怒り、思いを受け止めて。目の前の幼馴染が本当に自分の事を思い遣ってくれているのがわかったからだ。


「お前はこの国を守る剣になるのではなかったのか? 師匠せんせいの跡を継ぐのではなかったのか? 師匠の憂いを、共に晴らすのではなかったのか? 英雄になるのではなかったのか?」

「なるさ」


 俺は望みをあきらめていない。俺は必ずこの国を救う剣になるし、爺さんが笑って余生を送れる様にしてみせる。


「ならば何故あの女の為に剣を握る⁉ あの女はこの国にとって――いや、お前の望みの障害でしかないだろうが!!」


 あいつの立場がどうであれ、あいつの存在がこの国に混乱を齎している。宗一はそう言いたいのだろう。そこについて否定するつもりはない。

 だけど、俺はあいつを信じている。この目で見たあいつを信じている。


「——なぁ、宗一」


 あいつの温かくて、美しい、そして何よりも優しい祈りを信じているんだ。


「あいつを助ける事はこの国に仇なす事になるのか?」


 だからこそ俺は問う。


「確かに、あいつは露西亜軍を呼び込んだかもしれない。あいつの故意なのか、立場が呼び水になったのか、定かな事はわからねえ。だがな、あいつは敵国の人間だった俺を助けてくれたんだよ。自分の身が危うくなるのを覚悟した上でな。……だったらよ、助けに行かなきゃ俺は男じゃねえ。人間ですらねぇ!!」


 ここで自分を曲げれば絶対にあいつを救う事も、爺さんとの約束を果たす事も出来ない。

 だから俺はここで宣言する。


「あいつが俺の道の障害だと言うのなら俺はそれを乗り越える。乗り越えた上で俺はあいつもこの国も、両方守る剣になる!!」


 天之尾羽張の刀身から黒い炎が出現する。俺の決意に呼応しているのかアンナやウラジミールと戦った時よりも一際大きく、瞬いて、宗一のいのりを侵食する。


「この力は、お前……まさか……!?」


 ――刹那、天之尾羽張の刃が、宗一の神器に届くと同時に強烈な光と圧が全身を呑んだ。


 光に焼かれた目が視界を取り戻すとそこには神器を前に膝を着く宗一の姿があった。宗一は肩を上下に荒く呼吸して、相も変わらず怒気を隠そうともしない顔で、


「貴様は強欲に過ぎる」

「知ってるよ」

「二兎を追う者は一兎も得ずという言葉を知らんのか?」

「死ぬ気でやれば二兎どころか三兎でも四兎でも捕まえられるだろ」


 俺の言葉に宗一は呆気にとられたみたいに、目を丸くして、ようやく口元を緩めた。


「中途半端にしたら許さんぞ?」

「端からそんなつもりはねぇよ」

「……そうか」


 納得したのか宗一は目を細めて、


「現人神として手を合わせてお前に負けたのは初めてだ」

「神器の差で勝ったようなもんだ。ギリギリだった」

「そうでもない。俺の神器“倶利伽羅剣くりからけん”はお前の持つ天之尾羽張と同じ神器等級において第一位――最高位の神器だ。神器に大きな差は無いはずだ」

『そいつの言っていることは本当の事だ。誠に業腹だがな』


 宗一の発言を裏付けるべくアマ公が補足する。……というか業腹って何でだよ? 同じ神器だろうに。


『喧しい。外様の神器に負けてはいられんのだ』


 外様って……まぁ厳密に言えば外様っちゃあ外様だろうが仏教がこの国に入ってきて何千年立ってると思ってんだ。


『私はそれよりも前からこの国を守っておるわ!!』


 はいはいすんませんね。流石は神産み系神器っすね。


『貴様、私の正体を知っててずっと無礼を働いていたのか?』


 お前の方こそ俺の事をどんだけ馬鹿だと思ってんのか小一時間くらい問い詰めてやりたいんだが?

 自分の国の神話くらいかじる位なら把握してるってんだ。


「――ようやく終わったか馬鹿者共」


 アマ公と口喧嘩ならぬ心中喧嘩をしていると大佐からお叱りの言葉を受けた。この有事に我を通させて貰ったことに俺と宗一は地に頭を付けて謝罪する。


「満足のいく答えは得られたか、宗一?」

「完全に満足した訳ではありませんが、不承不承ながら」


 宗一は更に付け加えて「及第点といった所でしょうか」何て言って涼しい顔をして。一々余計な言葉の多い竹馬の友である。


「この様子だと襲撃者は全員片付けた様だな。學少佐はどうしている?」

「隊長は寮の防衛に回っています」

「そうか、それなら一度寮に戻るぞ。会議室に全員を集めろ。――緊急事態だ」

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