第四章15 激憤の焔 一

 ――彩花寮の方から二つの影が近付いてくるのが見えた。それが光喜と藤ノ宮の物だと認識できるようになるまでそう時間は要らなかった。

 息を切らして走ってきた彼等は酷く安堵したような、泣きそうな顔をして、


「はぁはぁっ、良かった……無事でしたか」

「露西亜軍の残党が攻め込んで来たから只事じゃないと思ってそっちに応援に行こうと思ってたんだ。その様子だとそっちは事後だね」

「こっちは問題ねえ。だが、アンナが攫われた」

「見ればわかります。それよりも深凪様は治療を受けてください」

「時間がねえ、後にしてくれ」

「その呼び方はやめろ」

「それなら大人しく治療を受けて下さい」

「…………移動しながらで頼む」


 藤ノ宮雪乃ふじのみやゆきのという女は強情な女だ。ここで受け入れないと余計に時間が掛かると判断した俺は大佐に続き更に藤ノ宮を脇に抱え、再度寮に向かう。


 やがて香ばしい、肉の焼ける臭いを鼻が捉えた。だが決して美味そうな臭いではない、吐き気を催す嫌悪すべき臭いだ。

 俺がその場に辿り着いた時には黒焦げに焼き上げられた何かが折り重なり山となって燃えていた。俺は安堵して、同時に覚悟した。


 その上でどうしようもなく燃え上がる、友の姿が見えた。怒りに満ちた形相を隠しもせずに、俺を睥睨する。そんな彼の表情かおに俺は既視感を覚える。


 ――この男と最初に出会ったのはいつの事だったか。爺さんの元に引き取られてから気がつけば隣にいたものだから最初の邂逅かいこうの印象が余りにも薄い。


 ただ、一つだけ覚えている事がある。宗一は俺が出会った当初、ただの人間だった。いつからあんな鮮烈な程に眩い炎を出すようになったんだったか? ……ああ、そうだ、あの時だ。

 俺が爺さんから剣を教わるようになってから少し経った頃だ。当時の俺は爺さんの跡を継ぐ事に固執するあまり善を成すことに注力していた。木刀を佩いて、悪事を働く者達を成敗していた。我儘放題な餓鬼大将から、野盗紛いの悪漢、本物の野盗まで。子供とはいえ現人神の膂力で、木刀で殴れば大の大人でも大けがは免れない。そう、俺が行っていたのは成敗とは名ばかりの単なる一方的な私刑リンチだ。しかも、己の匙加減で悪だと認識したものを次から次へと片っ端からぶっ叩いていたのだ。最早どちらが悪かもわからない。


 当然、そんなことをしていればいずれ手痛いしっぺ返しが待っている事など約束された必然でしかない。因果応報――というよりか悪因悪果か。


 ある日、俺は無数の男たちに囲まれた。郊外に潜む野盗共が徒党を組んで復讐に来たんだ。やったらやり返される。簡単な思考だ。人は人を恨むものだから。俺は袋叩きに遭い、襤褸雑巾ぼろぞうきんにされた。俺が野盗達にやったように。


 そこに、あいつが居合わせた。


 あいつは今までに見た事も無い形相で、見た事も無い炎を纏って。宗一は野盗達を炎で舐めた。少し炙っただけで逃げまどって行った男たちの背中に滑稽さを見出す余裕もなく、俺は半ば呆然と宗一の姿を見ていた。


 後光みたいに輝き燃え上がる炎を背負って、幼くも厳めしい顔をして。さながら不動明王のように。宗一は俺に手を差し伸べて、言い放った。



 ——お前の目指す場所は、余りにも遠い。この昏き道を往くには明かりが必要だ。だから、——



 と。


「————、」


 ああ、そうだとも。この男は、俺の友は、俺の為に現人神になったのだ。だから——彼は、あの時と全く同じ表情かおをしているのだ。


「嘗て誓い合った約束は、たった一人の異国の女に遮られる程安いものだったのか?」


 共にこの国を守る剣になろう。そう誓い合った男が怒っている。


「お前の祈りはたった一人の女の前に頭を垂れたのか?」


 俺の夢は、目標は、自分にとっても夢であり目標だと言った男が怒りに打ち震えている。道標みちしるべになろうと、俺の背中を押そうと言ってくれた男が打ち震えている。


「答えろ、深凪悠雅みなぎゆうがぁっ!!」


 天之尾羽張を肩に担ぐ。骸の山の上で佇む男を見据えて、俺は祈りを紡ぐ。のりとを唄う。



「輝きは北にあり、切っ先は南を見ゆ。戦塵に走る剣閃一つ。死は別離を生み、私とお前の天を分かつだろう」



「何をやろうとしてんだよ悠雅も宗一も!?」


 光喜が悲鳴紛いに吠えた。しかし、止まらない。

 あいつを助け出しに行くにあたって、こいつだけは避けては通れないという確信があった。この男は俺以上に融通が効かない男だ。ならば、俺が取るべき行動はたった一つしかない。



「私の生きる場所とお前の生きる場所を分かつだろう」



「……っ!!」


 こちらにまで大きく聞こえる程に宗一は歯噛みした。だが、止まらない。俺は己の祈りを唄いあげる。



「――鬼道発現‟壊刀乱魔かいとうらんま”」



「悠雅ぁっ!!」


 灼熱を帯びた輝きが宗一の怒りに呼応して激しく燃え上がり、その直後、二つの祈り、二つの神器が最短距離で激突した。


「――何をやっているんだお前達!!」


 傍らの大佐も吠える。一般的な常識を持っていればここで身内が争えばそうやって怒鳴るだろう。――だが、


宗一こいつには聞こえないよ大佐殿。こいつは俺と同じで、思ったら一直線だ。それに、ここでこいつを倒さなきゃ、先には進めない」

「俺を倒すだと? ……舐めるなああああああぁぁぁぁぁっっ!!」


 辺りの雪が一瞬で蒸発し、水蒸気爆発を起こした。爆風で俺の体は遥か彼方に吹き飛ばされ雪原に転がった。以前までのあいつだったら雪を一瞬で蒸発させて爆破させる程の力はなかった。神器を手にしたことで強化されたか。クソ、今のでまた傷が開きやがったかね。このぶんじゃ左腕はしばらく使えないか。


「格上との連戦。付き合わせて悪いな、相棒……」

『もう一戦控えてるんだ。今更一つ二つ増えた所でどうという事は無い。やりたいようにやれ。私は、お前に振われる為にある』


 心強いね全く。全部終わったらギラギラになるまで研いで磨きなおしてやるからな。


『楽しみにしておこう』


 アマ公はあくまで平静を装っているが、隠しきれてないぞその喜色。刀身を通してそれが伝わってくる。余程嬉しいか?


「行くぞアマ公」

『応っ』


 今度はこちらの番だ、というばかりに宗一に突撃する。無論宗一もそれを黙って見ているほど温くはない。無数の火球を牽制に放ち、いくつかが足元に着弾。爆発する。


 俺は紙一重で上空に逃れたがその着弾地点に目をひん剥く。着弾地点は融解して溶岩と化しているのだから驚くのも必然。同時に俺は認識を改める必要がある。あの火の玉は牽制であると同時に殺人(殺神と行った方が良いか?)域に達した暴力であると。

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