第四章14 第二階梯の祈り

『――それは恐らく奴の力だろう』


 アマ公の低い声が聞こえてくる。


『奴の基本的な力は風、もしくは大気の操作にまつわるものだ』


 風。大気ときたか。またしても優秀な祈りだ。軍でも重宝される応用性の高い多芸な異能だ。そんな祈りを持つ男が第二階梯の国津神だなんて。悪夢か何かか?


『だが、挑むのだろう?』


 無論だ。


『ならば聞け』


 アマ公はある種、凄みを持った声で、


『第二階梯に至った祈りは武装化と同時にさらにもう一つ、性質を得る。お前の傷が癒えないのはそれが原因だ』


 もう一つの性質? それはただの祈りではないという事なのか?


『第二階梯の祈りは己の祈りの本質が異能化したものだ。さっきの奴で言えば恐らく“風化”がそれだ』


 雨風に晒され続ける事で徐々に像が失われていく現象か。それならば納得がいく。奴の力が俺の再生力を文字通り風化させたのだ。

 アンナの力で治す事が出来たのも、あいつの力が実りや豊かさという生産性ある祈りだったから。


『奴を倒すには奴の攻撃を可能な限り受けることなく、且つ祈り同士のぶつかり合いを回避しながら奴の首を落とすしかない』


 聞いていて随分無茶苦茶な攻略法だと呆れ返ってしまう。ウラジミールという男の異能を抜きにした技量が全く考慮されていない。


『臆するか?』

「いや、」


 俺は、この程度では折れはしない。


 気が早る。次第に踏み込む足に力がこもった。

 皇都西部。その郊外まで辿り着いた俺は無数のわだちを確認した。先程俺達が工房長の車両で通った時はなかったものだ。何台かの車両がまとめて奥多摩の方へ向かって行ったようだ。轍の数から見ても五、六台は通っている。一台につき七、八人乗っていると仮定しても四十人くらいが奥多摩方面に向かった事がわかる。どう考えたってただ事ではない。


 先程ウラジミール達と交戦した折、あの男は「都合よく助けは現れない」と言っていた。それを考えればこの先を行った者達がウラジミールの仲間である可能性が考えられる。その程度の人員相手に散るような連中ではないが、もしウラジミールのような国津神、或いがウラジミール自身が相手だったらあいつらでも危険だ。


「くそったれ……!!」


 俺は悪態を吐き捨てながらさらに強く雪原を蹴る。そうしながら一つ不思議な疑問が浮上した。


「……大佐、さっきの話が本当なら連中はどうやって逢魔ヶ刻に入るんだ?」


 逢魔ヶ刻に入るには俺の異能――正確には天之尾羽張と祠の神器が必要だったはずだ。にも関わらずあいつらはアンナだけを連れていった。それだけじゃない。あいつらはそもそも逢魔ヶ刻に入り込んで何かをしていた。前提からして何かおかしい。


「逢魔ヶ刻というのは基本的に天之尾羽張と祠の魔剣の性質を利用する事で入る事が許される場所だ」


 大佐は更に「しかし、例外がある」と続けて、


「界に局地的な圧迫をかける事で現世うつしよとあちら側を隔てる境界線に穴を開ける方法がある。条件としては黄昏時である事とぶつけ合う祈りが強固である事だ」

「回りくどい。もっとわかりやすく教えてくれ」

「お前達が最初に逢魔ヶ刻に落下した時のことを覚えているか?」

「ああ」


 覚えている。あの時は驚きっ放しだったからな。あそこまで狼狽える事なんてそうそう無いだろう。


「夕方辺りにお前らくらい強い祈りをぶつけ合うと穴が開きやすいんだよ」

「そんな簡単に開くんじゃもっと逢魔ヶ刻が露見していそうな気がするが……?」


 この国は外つ国に比べると平和だと聞く。それでも犯罪の絶えない街ではある。清の青幇ちんぱんやら露西亜軍の残党だって紛れ込んでいる。火種はそこら中にあるのだ


 そうなってくると現人神同士の戦いだって起きるもの。そんな事態になれば皇都の至る所で逢魔ヶ刻の穴が開くようになってしまう筈だ。そんな疑問に対しての大佐は次のように解答した。


「普通は簡単には開かん。それだけお前達の祈りがまばゆかった、それだけの事だ。それにもう一つあるとすれば、お前が天之尾羽張に呼ばれたからだろうよ」

『私はそんな事をしたつもりは無いが、お前とのよすがが濃くなった瞬間呼び掛けた事が落下の原因だった可能性は捨て切れないな』


 今度は俺の心にではなく大佐にも聞こえるように声に出して語る相棒。


「はぁ、傍迷惑な神器だな」

『そもそもお前達が担い手が不在なのをいい事に私をあんな場所に封じ込めたのが悪い。私には深凪悠雅という担い手がいたのだぞ!!』


 心底呆れたように述べる大佐にアマ公は憤慨して声を荒らげる。まぁ本人(本剣とでも言った方が良いのか?)からしたらいきなりよくわからない上に魑魅魍魎が跋扈とする場所に置き去りにされたようなものだから堪ったものではないよな。


「私はお前の封印に関与しておらん。文句を言うなら先代に言え。そもそも先代がかの地にお前を安置したのは何年前だと思っている?」

『それでも私はずっとこの男に縁を感じていた。私の担い手に相応しいのは創造者と悠雅だけだとな』

「お前が現役の頃なぞ何千年前だ。一途にも程があるだろう……」


 半ばどっちらけたような、或いは呆れ果てたように語る大佐にアマ公は更に憤慨した様子でまくし立てる。曰く神器と担い手の関係性であるとか、神器が人類史においてどれだけの危機を祓ってきたかであるとか。

 確かに身を粉にして魔性を祓ってきた側からしたら不当な扱いもいい所なのだろう。


 ほんの少し相棒に優しくしてやろう。そう思った矢先、遥か先から爆破音が反響してきた。直後、舞降る雪の隙間に黒い煙が上がっているのが見えた。


「――拙いな」


 背にした大佐が呟く。

 その声色の険しさに俺は更に歯噛みして雪道を蹴った。

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