第三章4 彩花寮

 ろくに舗装されていない道をひたすら揺さぶられながら行く。時折宗一の側頭部や車の屋根を支える柱に自身の側頭部を強かにぶつける度に、これならもう一層の事歩いて行った方が楽なんじゃねえの? と口走りそうになる自分を我慢して、じっと座して右から左へ流れる景色を眺める。


 皇都西部、古民家立ち並ぶ旧市街から更に西に向かう。線路を挟んで川沿いの道をひたすら行く。未だ工事途中で一度も使われていない軌条レールは陽光を照り返す程に輝いていた。


 江戸から東京と名を変えて数十年。皇国の文明における最先端の都市の一部でありながら未だ雄大な自然を残す奥多摩に向かって蒸気自動車は煙を吹かしていた。


「宗一様、深凪様。申し訳ございませんが暫くお付き合いくださいませ」


 そう言って謝罪してきたのは間宮家に古くから仕える執事の【相馬 達司そうまたつじ】さんだ。綺麗に整えられた口髭と朱色の縁の片眼鏡モノクルが印象的な如何にも老紳士といった風体なその人には俺も幼い頃から大変お世話になっている。


 おまけに何でも爺さんとは古い知り合いらしく、度々本当にお世話になったものだ。主に食生活面で。


「良いですよ。頼んだのはこちらですので」

「そうですよ。むしろ、運んで貰って有難いと思ってるくらいだし」


 先程本音を押し込んだ最大の理由はこの人にあると言っても過言ではない。昔から世話になっている人にそんな無体なことを言えるほど俺も屑ではない。

 彼は俺にとって第二の師とも呼べる存在。武術と人生における師が爺さんならこの人は料理等の生活面の師だ。そんな失礼な事を言えるはずもない。


 ……え? なんだって? 爺さんに対する態度? ハハハ、そこはそれでございますよ。

 胸中で憤慨する爺さんに言い訳ですらない言い訳をしつつ俺は側頭部を強かにぶつけた。爺さんの恨みだろうか?


「――そういえば」


 そう切り出して来たのは宗一だ。


「悠雅、お前あの神器をどこで手に入れて来た?」


 言われて思い出す左腕にいたはずの相棒の存在。


「すまん、先に質問したいんだが、アイツをどこにやったんだ?」


 そう切り返された宗一は一言、小首を傾げて「アイツ?」と漏らした。そういえばそうだった。物に対してまるで人に対して使うような言葉を使ったら流石に首を傾げもするってもんだ。とは言え神器が意思を持ってる、何て話を信じて貰えるかもわからないので訂正しておく事にする。


 アマ公は俺が握ってないと喋れない。こういう時不便だな、と思う。


「あの神器ならば雪乃がお前から引き剥がした。その後は東御大佐が保管していると聞いたが」


 成程、と返しつつ俺は追求しなかった。凡そ予想がついたからだ。俺があれを持って暴れられたら困ると考えたのだろう。

 俺の能力は現人神としては二流もいい所。しかし、その必滅性だけを見れば宗一や光喜よりも俺に軍配が上がる。おまけに神器によって強化された俺の祈りが誰を傷付けるかわからない以上俺と天之尾羽張を引き離すに越したことは無いという訳だ。


「それで、どこで手に入れて来たんだ?」


 純粋な興味から来るのか、それとも職務として聞いているのか、或いはその両方か。定かではないが宗一には有無を言わせぬ迫力があった。

 どう答えたら良いものか考えていると「まさか、盗んできたのではあるまいな? あの女にかどわかされたか?」などと、俺にとってもアンナにとっても失礼極まりない事を口走っていやがる。


「――んな訳ないだろう」


 神器と言ったら国宝指定される代物。もし盗み出したとして連絡が回らない訳がない。普通なら今頃俺は指名手配されてるだろうし、先ず第一に守衛に殺される。


「ならばどこで手に入れた」

「……言って信じて貰えるかわからねえけど、俺、魔界に落ちたんだ。そこで手に入れた」


 それを聞いた宗一のなんとも言えぬ間抜け面よ。こういう反応されるから言いたくなかったんだちくしょう。


「魔界ってお前……」

「本当なんだって。見舞いに来てくれた大佐殿が言ってた。俺とアンナが落ちたのは逢魔ヶ刻おうまがどきとかいう魔界なんだと」

「――逢魔ヶ刻だと……」


 僅かに、呻いた。


「お前、あそこに行ったのか?」


 宗一は目を見開いて、どこか信じられないようなものを見る目つきをしている。


「本当に行ったのか?」

「信じるのか? というかお前、知ってるのか?」

「知ってるも何も……いや、後でわかることか」


 なんだそりゃ? よくわからないまま宗一は一人納得したように頷いて会話を断ち切った。こちらとしては一人で納得していないでちゃんと話して欲しい所だったが車が止まった所で俺はその俺の意識はそちらに惹かれた。


 陽の光をキラキラと乱反射させる奥多摩湖。その湖畔に立つ二棟の白い建物。外観は真新しい調度品のような洋館といった感じ。ただし、銭湯か工場か何かなのかと考えてしまう程に高くそびえる煙突が天を衝いてこちらを睥睨していて、それがまた景観を著しく乱している。ちょっと滑稽。煙突に書かれている“安全第一”の四字熟語が尚のこと余計に滑稽さを助長させている気がする。


「お待たせしました」


 相馬さんが恭しく扉を開けくれる。俺なんかにまでそんな対応をしなくても良いのだが、「宗一様の御友人にそんな無礼を働く訳には参りませぬ」と柔和な笑顔で流されてしまった。


「彩花寮。ここが我々、特務科第八分室・神祇特別戦技科。通称“特戦科”の拠点だ」


 寮を兼ねた特務科の支部といった所か。そこは理解できるがやはりわからないのはこの立地だ。支部を作ろうと思ったら普通なら人の多い場所に作ると思うが。理由が思い付かない。あるとすれば、といった所か。まぁ、肝心の何か、と言うのは全くもってさっぱりわからないが。


「何をぼうっと突っ立っている。付いてこい」


 ずかずかと先に行ってしまう宗一の後をさながら金魚の糞か何かのように追う。

 敷地内にある大小屋にある数台の軍用車両を脇目に扉を潜る。玄関口エントランスはこれといって飾り気はなく殺風景だという印象。


「先ずは東御大佐に挨拶だ。諸先輩方紹介と館内の案内後でやってやる、行くぞ」


 との言葉と共に、宗一に先導されるまま。洋館の中へと身を投じる。

 掃除の行き届いた館内は誇り一つ落ちておらず、また窓にも曇りは一切無い。途中、何人かの掃除業者の女達とすれ違い、軽く会釈をしておいた。


「腕の良い業者だ。良い仕事をしている」

「そうだな」


 同意する宗一も窓に目を向けた。


「心が洗われるような思いだ。しかし、相変わらずお前は目の付け所が所帯染みているというか何と言うか」

「言ってろ。そのうち男も家事しないといけない時代が来るからな」


 女が家事もできる上に戦える世の中だ、男は戦うしか能がないと言われたら何も言えんというものだ。だから頑張れ平塚雷鳥!! 俺が家事をやってても笑われない世の中にしてくれ!!


「お前の家、カカァ天下だったな」


 何やら気の毒そうな眼差しを向けてくださっている竹馬の友がいる。後、それを言うならカカァというかだ。


「姉ちゃんは怖いんだ」

「知ってる」


 どこか虚ろな目をしている。きっと俺もそんな目をしているに違いない。


 取り留めのない話をしていると、宗一の足が止まった。


「ここだ」


 宗一は扉を手の甲で二回ほど小突くと中から幼い少女の声で「入れ」と返ってくる。促されるまま部屋に入ると部屋の壁を埋め尽くす本とその真ん中の机で何か書類に目を通している東御大佐の姿があり、更にその机の上には赤茶けた大剣、神器・天之尾羽張が鎮座していた。


「間宮少尉であります。深凪少尉を連れて参りました」


 敬礼して要件を伝える宗一。俺もそれに倣って敬礼をする。


「只今着任しました。深凪悠雅少尉であります」

「御苦労、宗一。それと悠雅、よく来た。歓迎しよう」

「ありがとうございます」


 そう返答すると何が気に入らないのか東御大佐はあからさまに不機嫌そうに眉を潜めた。


「敬語はやめろと言ったと思うが?」

「立場が立場ですので。反省の意を込めさせて頂いた所存です」

「……ふむ、ならばいいだろう。この話が終わるまではその敬語を認めてやる」

「ありがとうございます」


 なぜ宗一は良くて俺の敬語はダメなんだろうか? 別に嫌では無いのだがどうにも腑に落ちない。そんな俺の心の声を聞いたのか大佐殿は呆れる様に、


「そやつと雪乃は聞かんのだ。堅苦しくて息が詰まる。雪乃はあれが素なのだから良いとして此奴は頑固に過ぎる。故に私の方が折れてしまったという事だ」

「彼の頑固さは筋金入りですので」

「ああ、全くだ」


 軽口を叩いていると鋭い肘鉄が脇腹に突き刺さった。思わず呻きそうになったが耐えた。気合いで。

 加害者の目には、いい加減にしろ、との意志が込められていた。


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