第一章2 アンナ・アンダーソン

 まぁ、あれだけ大立ち回りすれば異能の内容が露見するのは目に見えていたから大して驚きはない。地味な異能の最大の武器はその秘匿性にあるが、反面弱点は目白押し。一度使ってしまえばバレるまで時間の問題になるという事や一度バレるとあっという間に対策を立てられてしまう事。もちろん例外もあるが俺の様な異能だと長距離からひたすらボコるという戦法を取られると軽く死ねる。……あれ、何だこれ? やっぱり炎とか雷みたいに派手な能力の方が強いな。ちょっと目頭が熱くなった。


「……どうしたの?」

「いや、気にするな。それより俺は、そこまでひどかったのか?」


 もちろんその問い掛けは俺の容体に対するものだ。


「ええ、さっきの怪我に加え右腕と左足の欠損、上半身と下半身は百八十度捩じれてたわ。最初見つけた時、生きてると思わなかったくらいだもの」


 ある意味、切断よりも遥かに頼ってきた再生力をこうして外側から聞くとその力の強さに怖気すら感じる。聞けば俺の体は文字通りただの肉塊になっていたようだし、流石に異常性を感じざるを得ない。

 一般人と同様に現人神の身体機能には個人差があるが、それにしたって他の現人神と比べ、肉体面の強度が格段に上と言ってもいい。


「アンタの体どうなってんのよ……?」


 つんつんと首筋を突きながら唇を尖らせている。くすぐったいからやめていただきたい。後、その疑問は当人である俺が一番聞きたい所なんだが。


「って、いつまで突いてんだよ?」


 手を払うとあからさまに気分を害したように目つきを鋭くした。


「別にちょっとくらい良いじゃない」

「そんなことよりお前はどうして俺を助けた? ここがどうしても解せない。ここが解決しないとお前が治してくれたっていうのを事実として呑み込めない」


「まぁ当然ね。私も直前までどうしようか迷ったくらいだし」


 しかし、そこで思い留まらせる何かがあったということか。


「その解答の一つとして外を見てもらえる?」


 促されるまま起き上がる。ベッドが軋む音を耳障りに思いながらも脇に据えられた窓から外へと視線を移す。

 四角く切り取られた風景には赤黒く彩られた皇都の街並みが見える。こうして改めて見るとますます瓜二つに思える。寸分違わないと言ってもいい程に。


 しかし、空を見上げればあの不気味な肉塊が無数に揺蕩たゆたっている。それが皇都然としたものに決定的な歪みを生んでいる。もしかしたらあの肉塊以外にも超常の怪物が跋扈としているかもしれない。

 成る程、つまり、


「ここで単独で行動したくないってことか」

「そう。正直、アンタがあの時咄嗟に盾になってくれなかったら私が死んでいたと思う」

「庇ったつもりはないが」


 結果的に庇った事になるのかもしれないが俺はあの時何もできないまま、あの肉塊の突撃を甘んじて受け入れたのだ。そこには抵抗する術がなかったという情けない背景がある。


「ここの怪物は今まで遭遇してきた敵とは次元が違う。私一人で切り抜けられるかどうかわからない。そして、もう一つの解答。この皇都の案内人が必要だった」

「切実だな」

「切実じゃなかったら殺してるわよ」


 そりゃそうだ。そうじゃなきゃ俺だって意識の無い間に首を刎ねてる。


「それで、どう? 私と手を組む? それとも殺し合いを続ける?」

「……、」


 聞いた限り概ね納得できる。多少裏はあるのだろうが利の方が多く思える。


「わかった、一先ず休戦にしよう。東京駅にこのまま向かうがそれでもいいか?」

「東京駅……ね。そういえばあのちっちゃい子が迎えに行くって言ってたけど、あの子何者なの? ただの子供じゃないって事はわかるんだけど」

「……上官だ」

「え?」

「上官だ」

「……こんな時に冗談とか言われても面白い反応なんてできないわよ?」

「言いたい事はわかる。だが事実だ」


 正直、自分自身も半信半疑という状況だ。この女の反応も頷けるというもんだ。


「皇国は何を考えてるの?」

「それは俺が一番言ってやりたい事だ」


 理由はあるのだろう。あの様子だからそれなりに重い理由があるのだろうが、そこは曲げられない。


「さて、そろそろ行こうか。どれだけ意識失っていたのかわからないが余り同じ場所にいるのは良くないだろう」

「そうね――っと、その前に、」


 彼女は懐から大振りの軍用ナイフを三振り差し出してきた。


「アンタ、これ無いと力使えないでしょ」

「……え」

「何を呆けているの?」

「いや、余りにも普通に武器を渡してきたもんだからな」


 俺が裏切るとか考えなかったのか。


「道案内と同時に戦力としても期待してるから――がんばってね、


 彼女はそう言って、いたずらっぽく花のかんばせを咲かせる。信じがたい事に俺の名を呼んで。


「……一体いつ俺の名前を」

「例の上官ちゃんが大きな声で呼んでたじゃない」

「そうだった……」


 そういえば、ずいぶんでっかい声で呼んでくれてたわ。

 思わず身構えたが、思い切り脱力。盛大に嘆息。


「まぁいいか好きに呼べや。それよりとっとと行こう」

「私の名前は聞かなくてもいいの?」

「別に、興味もねぇ。それに、聞いたところでまともな答えが返ってくると思えねぇしな」


 単独で日本に来て、軍人と殺し合いを繰り広げる奴が本当の名前を教えてくれるとは思えない。


「酷い人ね」

「根性は捻じ曲がってるとは思うよ」


 ある程度、矯正されたという意識はあるが根本はやはりと言うべきか酷く捩じれ狂ってると思う。


「だがまぁ、そうだな、呼び名くらいはあると楽だな。妙子でいいか?」

「なんで思い切り日本名なのよ? というかなんでアンタが名前決めてるのよ」

「俺が白人の名前の付け方なんて心得てると思ったか?」


 不満そうにしている。本当の名を教える気もないのなら呼び名なんざ何でもいいと思うのだが、彼女はそれがどうにも我慢ならないらしい。

 はてさて、いよいよ舶来でもいいか、などと考え始めた所で逡巡していた彼女が口を開く。


「【アンナ・アンダーソン】。アンナと呼んで頂戴」


 あんな。アンナ。


 短くて呼びやすい良い呼び名だ。向こうの名前はやれ‟えいどりあん”だの‟きゃろらいん”だの‟くりすちゃん”だの長ったらしい上に小難しい名前が多いからなぁ。


「わかった、アンナ。それじゃあ行くとしようか」

「了解、悠雅。それではしばらくお願いね」

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