第一部【亡国のプリンツェッサ】
序章『英雄の後継者』
序章1 英雄の後継者
わずかに気温が上がりつつあるのを感じる。東の空から上る日が
陽の光に照らされた道場内を舞う埃が乱反射していて美しく思えた。室内ながら息は白く本格的な冬の到来を予感させてくれる。
未だ待ち人は来ず、肌寒さを紛らわす為に一人素振りを始める。血豆を幾重も潰しながら握ってきた木刀の柄は黒くくすんでいた。それでも俺は木刀を離さない。身を削りながらも修練に励む様を見て、いつか姉が“剣の亡霊”と言い表した事があったが正しく的を射た言葉であったと膝を打ったのは記憶に新しい。
亡霊になっても、辿り着きたい場所があるから。
姓は
【
「――早いな」
体がようやく温まって来た頃、背中に声がかかった。
「では、朝稽古を始めるとしよう」
目の前に立つは白い
今でこそ衰え、皺枯れ、古木のような体しているが時折、
しかし、臆しはしない。俺はこの男の意志を継ぐ人間なのだから。
「——はぁっ!!」
上段から力いっぱい木刀を振り下ろす。戦場において速力は何よりも尊ばれる。謀略のみならず白兵戦でもそれは同じだ。
しかし、老剣士は俺の木刀をあっさりと
床を思い切り蹴り飛ばし跳躍。俺にちゃちな小細工は向いていない。そう教え込まれたし、自分自身そう思う。だから、相手が格上だろうが格下だろうが平等に正面突破する。
一つ一つを全霊で、叩き込む。しかし――
「踏み込みが甘い」
その全てを叩き落とし、木刀を弾かれた、と認識した頃には爺さんの白い襟巻が大きく翻るのが見えた。同時に手首を掴まれ、視界が渦を巻いた。合気の法にて俺の体はそのまま背中から強かに床へと激突する。
「ってェ……!」
「早いし力強い。ちゃんと教えを守った良い剣だ」
「本当に目が見えないのか怪しくなってきたぞ……」
「おー、見えてないぞ。なんなら右耳も聞こえてないな」
ニヘラ、なんて擬音が聞こえてきそうなくらい深く笑う爺さん。自身の肉体機能の欠損をここまで嬉々として語る人間もそうはいまい。
それだけ、自身の実力に自信があるということの裏返しでもあるのだろうが。
「くそ、遠いな……いつになったら近づけるんだ俺は」
「そう卑下するな。私は言ったはずだぞ? 良い剣だ、と」
「勝てなきゃ意味ないだろ……」
「やれやれ、そんなに勝ちたいならとっとと立ち上がって、私から一本取って見せろ」
「言われなくても!!」
再度、老剣士に挑むべく木刀を握りこむ。
俺の心の奥底にある原風景はこの古ぼけた道場で、その中心にはいつだって彼がいる。
木刀を携えて、不敵に笑っている盲目の剣士。
【
彼は常に帝の事を考え、民草を案じ、国の行く先を憂いていた。
俺はそんな彼の背中を見て、追いかけてきた。師と仰ぎ、親と敬い、追いかけてきた。その意志を受け継ぐべく。新たなるこの国の剣となる為に。
それが深凪悠雅という人間の起源だ。
ならば、俺が彼を師事し、幾度となく挑むのは極々自然な事で。
「——シィッ!!」
短い呼吸と共に床スレスレの低姿勢から
「流石の圧だ。並の人間なら風圧だけで吹き飛んでしまうだろうな」
「なら吹き飛んでいないアンタはなんなんだよ!!」
「無論、」
口角を釣り上げて、彼は笑って、
「神さまだよ」
「……それ、冗談になってないだろ」
「そら、文句を言ってないでさっさと立て。まだまだ行くぞ」
「わかってるっての……!!」
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