シーンF

■シーンF


 海に浮かんだ映像が消え去ると同時に、船長が船を漕ぎながら問いかけた。

「どうして、あんな遠回しな言い方をしたんですか?」

 船長の声も上の空、という状態で、ヒロキは海を見つめていた。思い出したくない場面を見せられ、一刻も早く天国とやらに到達してほしい、と思っていた。

 何も答えないヒロキに構うことなく、船長は言葉を続けた。

「あの男は誰だったのかと、思い切って尋ねればよかったじゃないですか」

 船長は笑みを浮かべながら、まくしたてるように話す。

「もし本当に新しい彼氏さんだったら、と思って怖くなったんですか?」

「それは……」

「その訊き方が違えば、事態はまったく違う方向にいったでしょうに」

 事態は違う方向にいっていた。その言葉を聞くと、ヒロキは船長のほうに顔を向け、ようやく言葉らしい言葉を発した。

「……どういうことですか」

 船長は口元をさらに吊り上げ、知識をひけらかすかのごとく答えた。

「あのときハルカさんと一緒にいた方、あなたは新しい恋人か何かと勘違いしたようですが、あの方はハルカさんの実のお兄さんで、恋人でも何でもありません」

「お兄さん?」

 そういえば、ハルカは兄がいると言っていたことがあった、とヒロキは思い出した。しかしヒロキはその姿を見たことがなかった。ハルカとの会話の中で、彼女の兄のことは滅多に話題には出てこなかった。ヒロキはたった今まで存在を忘れていたくらいだ。

「それじゃあ……」

 それじゃあ自分の勘違いだった、と言おうとしたところで、ハルカの台詞が蘇ってきた。

「いや、でもハルカ、もう俺は必要ないみたいなことも言って……」

「いえいえ」船長は櫂を動かすのをやめ、顔の前で手をひらひらさせた。「ハルカさんは、あなたのことを必要としていました。こちらをご覧ください」

 海水がたたかれ、三度目の水しぶきが上がった。

 水面に映った映像を見たヒロキは、少し意外そうな顔をした。

 今回は、自分の姿は映っていなかった。

「……ハルカ?」

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