シーンF
■シーンF
海に浮かんだ映像が消え去ると同時に、船長が船を漕ぎながら問いかけた。
「どうして、あんな遠回しな言い方をしたんですか?」
船長の声も上の空、という状態で、ヒロキは海を見つめていた。思い出したくない場面を見せられ、一刻も早く天国とやらに到達してほしい、と思っていた。
何も答えないヒロキに構うことなく、船長は言葉を続けた。
「あの男は誰だったのかと、思い切って尋ねればよかったじゃないですか」
船長は笑みを浮かべながら、まくしたてるように話す。
「もし本当に新しい彼氏さんだったら、と思って怖くなったんですか?」
「それは……」
「その訊き方が違えば、事態はまったく違う方向にいったでしょうに」
事態は違う方向にいっていた。その言葉を聞くと、ヒロキは船長のほうに顔を向け、ようやく言葉らしい言葉を発した。
「……どういうことですか」
船長は口元をさらに吊り上げ、知識をひけらかすかのごとく答えた。
「あのときハルカさんと一緒にいた方、あなたは新しい恋人か何かと勘違いしたようですが、あの方はハルカさんの実のお兄さんで、恋人でも何でもありません」
「お兄さん?」
そういえば、ハルカは兄がいると言っていたことがあった、とヒロキは思い出した。しかしヒロキはその姿を見たことがなかった。ハルカとの会話の中で、彼女の兄のことは滅多に話題には出てこなかった。ヒロキはたった今まで存在を忘れていたくらいだ。
「それじゃあ……」
それじゃあ自分の勘違いだった、と言おうとしたところで、ハルカの台詞が蘇ってきた。
「いや、でもハルカ、もう俺は必要ないみたいなことも言って……」
「いえいえ」船長は櫂を動かすのをやめ、顔の前で手をひらひらさせた。「ハルカさんは、あなたのことを必要としていました。こちらをご覧ください」
海水がたたかれ、三度目の水しぶきが上がった。
水面に映った映像を見たヒロキは、少し意外そうな顔をした。
今回は、自分の姿は映っていなかった。
「……ハルカ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます