シーンE
■シーンE
水面に再びヒロキが映し出される。
先刻の映像で見たものよりもヒロキの記憶に新しい場面だった。
「もしもしハルカ? 俺だけど」
「ヒロキ? どうしたの?」
ヒロキはハルカに電話をかけていた。ハルカが就職して一人暮らしを始めて以降、彼女が初めて地元に戻ってきていた頃だった。
ハルカが地元を離れてからも、二人はたびたび連絡を取り合っていた。
ヒロキはもはやハルカくらいしか心の拠り所がなかったし、ハルカにとっても、自分は心の支えであり大切な存在であるだろうとヒロキは信じていた。
「えっと、最近、調子どうかなって……」
「うん、大丈夫。ありがとう」
安堵したのも束の間、次の言葉を聞いて、ヒロキは表情を変えた。
「もう私、ヒロキがいなくても、やっていけるから」
「ハルカ? それって……」
「大丈夫。何度も連絡してこなくてもいいから」
確かな自信があるというような声だった。ヒロキは目を見開き、小さく「えっ」と漏らしていた。
この前日の夜、ヒロキは街を歩いていると、偶然、遠くにハルカの姿を見たのだ。
そしてハルカの隣には、見知らぬ男がいた。二人とも仲睦まじそうな雰囲気で、少なくとも初対面ではなさそうだった。
考えすぎかもしれないが、自分には見せない表情をしていたとヒロキはそのとき思った。
おそるおそる、ヒロキは尋ねた。脳裏に一抹の不安がよぎる。
最悪の返答を聞きたくないがために、直接的な言葉を避けていた。
「……昨日、俺、ハルカのこと見かけたんだけど、俺のこと気づいた?」
「え?」一瞬の後、ハルカは答えた。「ごめん、気づかなかった」
「……そっか」
悪い予感が当たってしまった、とヒロキは思った。
「わかった。それじゃ」
これ以上聞きたくなくて、一方的にヒロキは電話を切った。
徐々に水面の映像はぼやけていき、間もなく灰色の海に戻っていった。
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