第34話

「伏御まさき君」

「はい?」

「君は、僕たちが一か所に骸虫を集めたらそれを全て浄化することができますか?」


 いつもは骸虫駆除を行う時、必ずと言っていいほど死者が出る。花包石を砕き中の花を食べ、その骸すら新たな骸虫の仲間と還る。そうならないため神官たちはいつ死んでもいいように念書を書され、死んだ瞬間四肢が爆散する札を骸虫駆除の時はいつも身に着けている。そして、治小神社・四霊神社の神官はいつも募集されている。それは辞めるものが多いからではない。殉職するものが多いからだ。


 それ程この戦いは消耗する、精神力を、生命を。文字通りの命がけの戦いなのだ。その被害を少しでも減らすことができるのならと尋ねた武村アルカードに、弓削朔月は驚く。


「アル先輩!?」

「できます」

「待て、伏御まさき!」

「そうですよぉ? ちょっと待ってくださいな」

「「日比谷様」」

「日比谷補佐官さま」


 なにやら興味深い会話をしていた武村アルカードとまさきに、衣ずれの音も気配すらなく近くまで寄ってきていた日比谷海徳補佐官が最初に止めた弓削朔月に続きながら止める。

 その表情はいつものようなにやけたものではなく無表情、そう日比谷海徳補佐官は本気だった。少なくとも日比谷海徳補佐官がそうであることを知っていたのは、それが本当の表情であると知っていた王子さまのお世話係たちだけだが。


「まさきくん、出来るんですね?」

「はい」

「きみは一切傷つかない、そう約束できますか?」

「我らが女王陛下の御名に誓って」

「…よろしいでしょう。戦闘神官の皆さんは結界の外に退避! 結界神官の皆さんは骸虫を外に出ないように結界を縮めてください!」


 心臓に手を当てて、仕える主君の名に誓ってと目を伏せたまさきに。確認をとった日比谷海徳補佐官は深く頷く。


 そのまま武器種族だけを通過させることができる結界の外に避難するように呼びかけ、結界師である神官には結界の縮小を命じる。

 日比谷海徳補佐官の声が聞こえた神官たちは速やかにその命令を遂行するべく動き始める。結界がじわじわと縮められてまさきたちは結界内から出された。出されるときのくぷりとした感触に、やはり牛車に追いついた時の感覚は結界内に入ってしまった時の感覚だったのだとまさきは思った。


 そしてまさきは肩を大きく上下させて深呼吸をする。呼吸の方法を変えて、指先に霊力を練る。


 ぽうっと指先からにじみ出た光の粒は収束し、2重にも3重にも見える光の矢となってまさきの左手に握られる。

 なにかを呟きながらその弓を白く透明な弓につがえたまさきに、日比谷海徳補佐官は耳を傾ける。


「穢れ、気涸けがれ、満ち道てけ。清浄、正常、浄明正直じょうめいしょうじきに行け」


 ぶつぶつと何回も同じ言葉を呟くごとに、光の矢は大きくなっていく。

 あの光は清浄だと、清く正しく聖なるものだと武器種族である神官、日比谷海徳補佐官、お世話係たち、王子さまにはわかった。ただ触れることすらためらうほどの清いもの、その力の塊だと。その気迫…霊迫といってもいいそれに揺れるまさきの長い髪がまるで夜の海が波立つのを見ているようだった。


 そっと息を呑んだ日比谷海徳補佐官は、きっとあの光の矢は自分たちが束になっても練り上げられないものだと知る。それを容易く扱うまさきに、畏怖にも似た気持ちがこみあげてくる。


(これが、影族…)


 戦闘に特化した種族、それでいて不死。いつまでも戦い続けられる種族。


(なんて、生き物を)


 生み出してしまったのだろうか。

 彼らは元はただの人間だったというのに、今はただ、1人で一国をも滅ぼす存在である。そんな人物が自分たちの敵にならなくて本当によかったと日比谷海徳補佐官は胸をなでおろす。しかもノノウからの伝言によると王子さまを好ましく思っているという。王子さまが大事に思うものを守ってくれるという。ならば王子さまが大事だと思っているはずのこの国も守ってもらえるだろう、そこまで考えて自分の思考に日比谷海徳補佐官は苦笑する。


「彼は子どもでしたね」


 その存在は、力はとても大きいけれど。

 彼は子どもで、自分たちは大人だ。いくら正しく健全に生きていようとも、守るべき対象である子どもなのだ。過剰な期待は子どもの成長の芽を潰すことを、日比谷海徳補佐官は知っている。それを頼ってしまっている時点で、大人としてだめかもしれないが。

 本来手本となるはずの自分たちが、それに甘えてしまってはいけないとわかってはいるが。それでもどうか。


(頼みますよ、まさきくん)

「日比谷様」

「私たちも下がりましょう。彼の邪魔になってはいけませんからねぇ。神官、全員王子様の牛車の側へ行くように伝えてください」

「はい」


 日比谷海徳補佐官の名前を呼んだノノウに苦く笑いながら、日比谷海徳補佐官は指示した。しゅんと消えたノノウのいた場所を見てから、まさきを見る。


 本当は、神官たちも骸虫駆除することにためらいがある。自分たちと同じ見た目のものを殺すことは、まるで殺人を犯すことにも似ていて。初めて骸虫を殺した日には布団の中でうずくまり眠れないことがほとんどだ。中には泣きながら謝罪を繰り返すものすらいる。それでも。それでも負けられないのだ。愛する人がいるこの国を守るために、骸虫を完全に締め出すことのできない非力な自分たちは、ただ懸命に戦うしかない。

 本当は誰だって、戦いたくなんかないのだ。だから、もし。その敵の命さえ救えるというのなら。


「お願いしますよ、まさきくん」


 深くまさきに一礼すると、日比谷海徳補佐官は下げていた頭をあげて。自分も牛車の近くに寄るためにまさきに背を向けた。


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