第33話
「右の
「なっ…伏御まさき!?」
「何をやっているんだ君は! 牛車に戻りなさい!」
「右に弓を左に剣を!
お互いに背を預けるようにして骸虫駆除を行っていた弓削朔月と武村アルカードは、己の第2の心臓でもある花包石を武器化した得物で王子さまの牛車に骸虫が近づかないように戦っているところを、牛車の中から弾丸のように飛び出して花包石を武器に変える言葉を唱えるたまさきに一瞬動きを止める。
まさきの首元が光り、手の中に牡丹の花が噴き出すようにこぼれて散る。そこから現れたのは白く透明な、牡丹の紋様の施された弓だった。
ノノウによってまさきが一王子さまと緒にいることを知っていた弓削朔月と武村アルカードは牛車に戻って大人しくしていてくれと叫ぶ。
その隙を狙って、2人を骸に。エサであり自らの仲間にしようと近寄ってきたカマキリのように鎌を持った骸虫からの一閃が入る。
(防ぎきれない!)
2人いっぺんに亡き者にしようと迫ってくる刃に、少しでも傷を浅くしようと持っていた武器である太刀を構えた弓削朔月にそちらを向いて加勢しようとした武村アルカードは、視界の端に入ってきた光景に目を剥いた。
白く透明な牡丹の紋様の入った弓で、光を凝縮したような矢でまさきが弓削朔月たちを狙っていたから。いくら弓矢の名手といえどもこんな味方と敵が僅差にいるような状況で狙っては間違って弓削朔月に当たるかもしれないというのに。ぎりぎりと大きく弦をしならせて骸虫を狙うまさきの弓に一切の迷いはない。
(まさか、朔月君ごと!?)
武村アルカードがそう思うほどにまさきの弓はためらいがない。そして何より不思議なのは、まさきの近くに骸虫が近寄らないことだ。武器種族でありながらその好物であるはず花包石、それも花の王さまとまで呼ばれる牡丹の花ともなればどれだけそれは骸虫に狙われやすいのか。珍しい花、純白の花ほど骸虫は好む傾向にある。まさきは自分の周りは清浄になると言っていた。その力は骸虫すら近寄れないほどなのだと改めて武村アルカードは知った。
思わず弓矢から弓削朔月を守るように立ちはだかった武村アルカードに、何ごとかとそちらを見た弓削朔月もぎょっとした。
そして無情にも。
矢はまさきの手から離れ、まっすぐに弓削朔月に向かって。まるで惹かれるように飛んでいった。
「アル先輩!」
自分の前に立ちはだかった武村アルカードの名前を呼んだ弓削朔月は。矢が大きな光をひきつれ飛んでくるのにぎゅっと目を閉じた。矢が刺さると思った。耐えられなかったのだ、味方だと思っていたまさきに攻撃されるなんてそんなこと。
しかし、なんの衝撃も訪れない。
たださあっと爽やかな微風が吹いただけで、それはただ芳醇な牡丹の花の香りでもって弓削朔月たちの間を通り過ぎていっただけだった。少しでも傷を浅くしようとして構えた太刀にもなんの衝撃もない。思わずそちらを見た弓削朔月は、そこに女性が立っているのを見た。
黒髪に白い肌、鎌を持っていた骸虫と全く同じ容姿になのに瞳孔のない赤かった瞳は輝くような黒を纏って。嬉しそうに笑っていた。太陽のように晴れやかな笑顔だった。
「ありがとう!」
そう言って、その女性は足先から光の粒子となって宙に溶けて消えていった。
骸虫は殺すとただの死体になり、その血は穢れの塊だ。血がとんだところには芽吹かず花も咲かず普通の虫も訪れなくなってしまう。ただの穢れの土地となる。倒したそれを清めるのも神官の仕事なのだ。清めた骸虫は清い力に耐えられなくなりガラスのように砕けて消える。あのように光になることは決してない。
呆然とそれを見送るしかない弓削朔月と武村アルカードに、弓を片手にまさきが勢いよく駆け寄ってくる。
たったったという軽い足音に、2人ははっとしてまさきに詰め寄った。
「伏御まさき、今のは」
「なんなんですか!? というか君、まさか双石持ち!」
「さゆが骸虫も救ってほしいっていうから、おれはそうしただけです。おれの弓も剣も射たいもの切りたいものしか切らないし、切った後には清浄が訪れます。だから、おれの武器はあなたたちを傷つけません。それに、おれの『清浄』は特別製なので」
おれの『清浄』はおれの願いを叶えてくれます。さゆが骸虫も助けることを望むなら、それはおれの願いにもなる。ぐっと白く透明な弓を右手に握りながらまっすぐに強い瞳で武村アルカードと弓削朔月をみるまさきに。
2人は初めて王子さまの苦悩を知った。守るべき民と倒すべき敵。しかし敵にも同じ正義があって、こちらが決して必ずしも正しいわけではない。勝った方が正義と呼ばれるのだ。そのことを、王子さまはずっと憂いていた。そのことをわからなかったのは、お世話係失格だと弓削朔月は唇を噛みしめる。
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