第29話

 王子さまが念願とも言える眠そうなまさきに「おやすみなさい、さゆ」と舌っ足らずに言われる幸福感を味わった出来事のすぐ後である。

 自分の部屋に戻って休んでいた王子さまはふと肩を叩かれ目を覚ました。


「…まさき?」

「御休み中申し訳ありません、王子様。『お役目』のお時間です」

「…ああ、わかった。すぐに行こう」


 怖い夢でも見たまさきが布団に潜り込んできたのかと思った王子さまだったが、涼やかな女性ノノウの声にはっと目を覚ます。

『お役目』それは週に1回行われる王子さまにしかできない、隠れた骸虫を外に出すための作業で骸虫をおびき出すためのエサとなりそれを見守る役目のことだ。

 布団の中で唇を噛み、ぎゅっと拳を握った王子さまは本当は行きたくないという気持ちを押し殺して。布団から出て制服であり外出着である白いブレザーへと着替えた。


「此方です」

「…ああ」


 黒い忍び装束のノノウの後を重い足取りで歩きながら廊下を歩き、まさきの部屋の前を通るときに少し襖を開けてまさきが熟睡していることを確認した王子さまは、黒い髪の海に浮かぶように寝ている案外寝相の悪いまさきに気が重かったのがちょっと楽になった気がして。


 何重にも結界札と清め札の張られた『お役目』専用の牛車に王子さまはのり込んだ。動き出した牛車の中で、これから始まる命の取り合いに。王子さまはただでさえ白い顔をもっと白くさせて、正座した太腿の上の拳を握ったのだった。

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