第28話
「…貴君の仕える方は余が思っていたよりもすごい方のようだな」
「えへへ、そんなこと…あるんですけど」
「あるのかよ」
主君を褒められて嬉しそうにふわふわと嬉しそうに牡丹のお花を舞わせているまさきに、王子さま胸は何度でも高鳴る。しかもさっきさゆと呼ばれたばかりである。王子さま的には親し気に呼ばれた名前に、胸はとくんとくんと音しか立てない。
王子さまもにっこりと笑えば、それは白百合のようでそこだけ花園ができあがったような華やかさに全員が心のうちからこぼれてくる衝動のままため息をついた。
そんなふわふわをごまかすように、日比谷海徳補佐官が「んんっ」と唸る。
「とりあえず、治小様がまさきくんから離れない以上、まさきくんにお世話をしてもらおうと思っているのですが」
「え、はい。それは構いませんが」
「そうですか? じゃあお願いしちゃいましょうかねぇ」
「日比谷様、俺は反対です」
和やかに決まりそうなところを、弓削朔月が反対する。皆で一斉に弓削朔月を見た。手を挙げた弓削朔月はそれでも動じず、じっとまさきを見ていた。
「ほう、弓削くん。何故か聞いても?」
「神職にないものが神獣であらせられる治小様のお世話を到底できるとは思いません。しかも伏御まさきはお城で暮らすわけではないでしょう? 人間たちの中ではご機嫌を損ねるなど、不自由が出てくると思います」
「では弓削くん、きみは一体どうするべきだと?」
「伏御まさきはお城で暮らし、聖霊工房の番人である『飴細工子爵』に任命すべきかと」
「え…困ります! おれ、うちの工房の見習いにやっとなれたばかりなんです!」
伏御飴細工工房の見習いにやっとなれたばかりのまさきは、あわてる。飴細工師の朝は何といっても早い。朝4時には皆起きだして、仕事の準備をしだす。小さい頃からそのサイクルで生活しているまさきは、そのことを知っている。そして、その日常の中でこそ飴細工にして閉じ込めたいと思うような美しいものが映えることも。
『飴細工子爵』王さまと王妃さまだけで、貴族階級のないさえり王国だが、特別階級として『飴細工子爵』という位がある。それはこの世界の神である治小に飴細工を捧げる、飴細工職人にとって憧れである名誉の証だ。それをまだ、今日やっと見習いになったばかりである自分がなるなんて無茶だ、全国の飴細工職人たちの反感を買うとまさきは青くなりながら胸の前で手を振る。
「まさき、まさきは僕と一緒に暮らすのは嫌か?」
「うっ…べ、べつに嫌ってわけじゃ。ないんだけど。そのおれ、まだ治小に捧げられるような立派な飴細工作れないし。飴細工子爵の名前がおれにはもったいなさ過ぎるだけで!」
「それはおいおいでいいのですよぉ。今はただ、治小様のお世話をしてくれれば」
「そ…れなら。まあ。でも…大丈夫ですか? 長」
「俺ぁ別に構わねーよ。蛇は放課後にも作るんだ。お前は放課後の方から来りゃあいい。それに、うちの工房にはおめーが飴細工子爵になったからってどうこういう奴なんていねーよ」
寂し気に曇った王子さまの顔に、うっと言葉を詰めるまさき。一生懸命に自分には過ぎた称号であることを訴えるが、飴細工職人ではない彼らにはわかってもらえない。
唯一わかってもらえそうな祖父・伏御えまきに確認をとるも、大丈夫だとくしゃりと髪を撫でられてしまった。父のような大きな手、飴を弄る繊細な指さきに撫でられてまさきは哀愁から一瞬泣きそうになるもそれを振り払うようにふにゃりと笑う。
「じゃ、じゃあおれ。飴細工子爵になり、ます」
「はい、よろしくお願いしますねぇ」
「まさき、一緒に暮らそう」
「え、そ…それはまた話が違うんじゃないかと」
「僕はまさきとずっと一緒にいたい」
「うう…」
正直に言えば、まさきも王子さまと一緒に居たくないわけではない。ただ、将来飴細工職人になることを考えるとどうしても普通に暮らしていた方がいい気がする。美人は3日で飽きるという。王子さまに飽きる気は全くしないが、綺麗なものを見慣れ過ぎると本当に綺麗なものを見逃してしまう気がする。
でも、王子さまは1人で食事をとっていると言っていた。まさきが一緒にいればそれは2人になって、王子さまは少しでも寂しい思いをしなくなる。
うんうん唸っているまさきに、王子さまはそっと手を差し伸べた。
「まさき、ダメか?」
「だ…めじゃ、ないですけど」
「じゃあ!」
「…お世話になってもいい? さゆ」
「うん!」
嬉しそうに満面の笑みで頷いた王子さまに、まさきはへにゃりと眉を下げて笑った。
これで話は決まったようなものである。
「伏御まさき、改めて貴君を飴細工子爵へと任ずる」
「はい、お役目しかと承りました」
正座のまま手をついて深く頭を下げた伏御えまきに。まさきも軽く頭を下げて礼をとって。
もうすでにノノウが用意してあった客室の内装を変えたまさきの部屋へと案内するため、女中の格好をしたノノウを先頭に、王子さまはまさきの手を取って部屋へと案内することにした。まさきと手を繋げて、息が心地よく頬が緩みっぱなしの王子様とすべすべした手に己のそれを握られてきゅっと軽く握り返したまさきは仲良さげに会話しながら謁見の間を出ていった。
伏御えまきも退室したところで、深く日比谷海徳補佐官がため息をつく。
「あー…本当にどうしましょうかねぇ。あんな小さくて可愛い治小様なんて初めてみましたし、異常なほどまさきくんに懐いているようですし」
「懐きっぷり凄かったですよね。伏御まさきに叱られても嬉しそうに鳴いてましたし」
「うーん、王子様もかなり気に入られているようですし、やはりはまさきくんにはお城にいてもらった方がよさそうですね」
「なんといっても影族だ。他の国にも狙われる可能性がある以上、城に置いておく必要があると思わんか、日比谷補佐官」
「そうですね、治小様に気に入られていて、武器種族でありながら影族でもある。貴重な血筋ですものねぇ」
腕を組んで頷いた日比谷海徳補佐官は、にこっと笑ってやはりこの城にいてもらった方がよさそうだという決定を王とともに下した。
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