第25話

 上座に御簾越しに黒い影が見える。それはさえり王国の29代目の国主であるさえり友さまだ。その横には身体の弱いという王妃様らしき人影も見え隠れしている。御簾が下ろされている手前の上座に王子さま、すぐ下座に日比谷海徳補佐官。そして少し離れたところにまさきとなぜか伏御えまき、その後ろに控えるようにして弓削朔月、美羽琴乃、武村アルカードは正座していた。保護者同伴ということで、治小をあの部屋からそんなつもりはなくても連れだしてしまったまさきは若干青ざめる。一方ノノウに写真を見せられ、まさきの影族としての姿を初めて見た伏御えまきも息を一瞬つめ。その後に「じいちゃん…」と青くなったまさきに呟かれ、ああ、こりゃあ俺の孫だなと確信したのだが。


 王子さまが連れてきた婚約者だという少年を見て、王子さまのお世話係のうちの1人であり大学生でもある武村たけむらアルカードはめまいにも似たものを感じた。毒気が抜けるほど、見ているだけで幸せになりそうなほどな美少年だ。だが全身の力が抜けそうになるのをポーカーフェイスで耐える。王の御前だ。無礼なことは許されない。


「伏御まさき。よく来てくれた」

「もったいないお言葉です」

「貴君が仕えるべき相手は余ではないのだろう? ならば余に膝を折る必要はない」

「「「「王よ!」」」」

「それに伏御まさきは治小様を保護しているものだ。頭を下げさせるわけにはいくまい?」


 重く深みのある声が、お城に来たまさきを労う。声が聞こえた途端土下座した祖父・伏御えまきに倣って手をつき頭を下げようとしたまさきを、御簾越しに王さまが止める。

 まさきが土下座する必要はないと言った王さまに、思わず声を上げた日比谷海徳補佐官、弓削朔月、美羽琴乃、武村アルカードの4人。ここは公式な場で、記録官もいる。その記録が表ざたになることはないだろうが、王さまに対して礼儀を欠いた行動はされた側にとってもマイナスとなる。

 それに対して、理由をつけた王さまがくすくすと笑う。すると王妃さまに着物の裾を引っ張られて、呼んだ理由の1つを思いだす。


「伏御まさき」

「はい、さえり王よ」

「息子のことを頼めるか」

「…はい、とは言えないのですが」

「「まさき!?」」


 声を上げた伏御えまきと王子さまににっこりと笑いかけて、まさきは続ける。


「でも、王子さまとだったら。不幸になっても構いません。これが、おれの言える精一杯です」

「精一杯、か」

「正直今朝会ったばかりであまり王子さまのこと、知らないので。でも、本当のおれを受け入れてくれた、このひとのためだったら、このひとと一緒なら不幸になってもいいと思えたので」

「…幸せになるのではなく、不幸になってもいい覚悟か」


 王さまは王妃さまと顔を見合わせて笑顔で深く頷くと、まさきの方を向き直る。御簾越しに王さまと王妃さまに向き直られて、まさきはびくっと肩を縮こまらせ身体を揺らす。その様子が小動物がおどおどとしているようで、王子さまはきゅんとなる。


 白いブレザーの胸元を掴んで必死に可愛いと撫でまわしたい衝動をこらえている憂い顔の王子さまに、今朝までは『儚い』という言葉そのものの我が子だったのになあと両親は思った。別に元気になった我が子が嫌なわけではないが。むしろノノウから聞いていた情報だと、この影族であり武器種族の少年が側にいれば今後とも体調を崩すようにはならないだろうと想像できる。我が子の健康は望ましいし、次代の王としては必要なことだ。


 次々代の王については魔術師に頼めば男同士でも子どもはできるし。それになんといっても王子さまの婚約者という建前で影族であり治小の保護をしているものを王家が囲うのに十分な条件だ。


「さて、伏御まさき。貴君に我が子・さえり栄幸の婚約者を務めてもらう。いいな?」


 聞いている風体だが、実際にはこの都に生きるまさきに拒否権なんてない。

 拒否してしまえばまさきがこの玉都にいられなくなるばかりか、お抱え飴細工師である祖父や工房の皆にも迷惑がかかるだろう。


「はい、よろしくお願いいたします」

「ありがたいお話です、王よ」

「まさき!」

「栄幸さま」


 深く頭を下げた伏御えまきに、軽く頭を下げ礼をとったまさき。そんなまさきに嬉しそうに声を上げて、上座から走り寄ってきたのは王子さまだった。笑顔満面で音も振動も立てずに走ってきた王子さまに、まさきも笑顔で対応する。ふわりと大輪の牡丹の花が咲いたように笑ったまさきに嬉しくなって、王子さまもまるで白百合を背負ったかのような儚げな笑みを浮かべる。

 にこにこと美少年同士が嬉しそうに笑っているのは大変麗しくて。

 思わずそこにいる全員がほうっと感嘆の息をついた。

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