第26話
「まさき、これでずっと一緒にいられる!」
「そうですね、嬉しいです。栄幸さま」
「む、婚約者になったのだからもっと砕けた言い方で構わない。呼び捨てでいいし敬語もいらない」
「よ、呼び捨てはちょっと…。えーと、じゃあ。さゆ?」
「…さゆ?」
「栄幸さまだから、さゆ!」
にぱっと笑顔であだ名をつけたまさきに、王子さまは照れたようにはにかむ。名前を呼ぶことを許されない王族に対し、名前をもじったあだ名などつけられたことはない。
初めてあだ名で呼ばれた王子さまは、今日だけでたくさんの初体験にびっくりと嬉しさが募りに募っている。ふわふわと周りに花を浮かべて微笑みあっている2人は大変美しいのだが、なんだか見てはいけないものを見ているような気分になってきてそっと王子さまたちに気付かれないように周りの人たちは目をそらした。
王さまと王妃さまは微笑ましそうにその様子を見守っていたが。それから、きゃっきゃとじゃれあっているまさきと王子さまに日比谷海徳補佐官が声をかける。
「伏御まさきくん、治小様を」
「あ、はい」
涼やかな低い声で言われ、まさきは制服の胸ポケットでお昼寝をしていた治小を起こす。まず最初に軽くぽんぽんと胸ポケットを叩いて、声をかける。
「治小ー、起きてー。王さまと日比谷補佐官さまが呼んでるよー」
「…みぎゃ? みぎゃぎゃ?」
眠たそうなくりくりした目を雲を履いた前足でこすり、かふかふとあくびしながら治小が胸ポケットぴょっこりと顔を出す。ついで前足を縁にかけちまちました上半身を出す。その前にまさきが小さい手を出すと、ぴょんと飛び乗った。
孫の学生服の胸ポケットから出てきた小さい生き物・まるで子どもの治小に、伏御えまきはぎょっとする。
そんな伏御えまきの反応に首を傾げた日比谷海徳補佐官は、その見事な巻き毛を揺らしながら襖の向こうに控えさせていた若い神官を呼ぶ。
このさえり王国に住む武器種族は、石の種類や花こそ報告はされないものの生まれたら出産届とともに武器種族届を出さなければならない。そして伏御えまきは武器種族ではない。本来武器種族にしか見えないはずの治小が見えているかのような反応だった
「伏御まさきくん、そのままで。…榊」
「はい」
名前を呼ばれ、丁寧に襖を開けて中に入ってきた青年神官である榊神官は金糸と銀糸、唐紅の絹で織られた小さな座布団を置いた漆塗りの黒い盆を日比谷海徳補佐官に渡す。それをまさきの胸ポケットの高さまで掲げて、日比谷海徳補佐官はまさきに近づく。ちよちよした治小に向かって恭しくこうべを垂れた。
「此方に御越しくださいませ、治小様」
「…みぎゃ!」
いや! と言わんばかりに鳴いて、治小は胸ポケットの中にさあっと逃げ戻ってしまう。隠れ家になってしまったまさきは大変気まずい思いでわたわたとポケットの中から治小を引っ張り出そうとする。ポケットの中には片手しか入らず、ぎゅむっと治小のお尻を掴んだのはいいが爪を立てているのか力いっぱいに抵抗して中にいようとする治小に、日比谷海徳補佐官が生ぬるい笑顔となる。
「どうしたんだよ、おれのポケットなんかよりも座り心地良さそうだぞ?」
「みぎゃ、みーぎゃ!」
「…今朝も言っていたが、まさきと離れたくないんじゃないのか?」
「そうなのか? …じゃあ座布団にのらなくていいから出ておいで」
「みぎゃ!」
我が意を得たりと言わんばかりに鳴いて、たしたしとお尻から持ち上げようとしたまさきの手を叩く。そのまま抵抗をやめてあっさりとまさきの手のひらにのると。ぺろぺろちっちゃな舌でなめて喉を鳴らしながらまさきの手首にすり寄る。見事な懐きっぷりに、まさきは困惑する。ここまで気にいられるほどのことをした覚えはないのだが。
困ってしまって、ふにゃりと顔を崩したまさきに王子さまはもうきゅんきゅんが止まらない。
美少女めいた美少年と小さなぬいぐるみのような愛玩動物と言っても伝わるようなデフォルメ治小の組み合わせだ。それをうっとりと見る王子さまの綺麗なこと。あまりにも癒し系な、全国の乙女たちを悶えさせるような組み合わせに、乙女ではないが日比谷海徳補佐官は盆を持ったままうつむいて震え、美羽琴乃は両手を頬に当てほうっと見惚れていた。ちなみに弓削朔月と武村アルカードも日比谷海徳補佐官と同じような様子だった。伏御えまきはこみあげてくるなにかにぐっと言葉を詰まらせていた。
御簾の奥でこの光景を見ていた王さまと王妃さまは仲良きことは素晴らし気かな、とふわふわ笑っていたが。もう一度榊神官を呼んで座布団ののったお盆を持って行ってもらうと。
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