第24話
(ノノウ、写真撮ってんのかな。あとで一枚もらおう)
(お2人とも、大変麗しいです!)
弓削朔月と美羽琴乃は片手でくっと顔を押さえた。しばらくにこにこしていた王子さまがふと治小に目をやるときらきらとしたまん丸の目で。
「みぎゃ、みぎゃぎゃ!」
「え、栄幸さまのところ行きたいの? いいですか?」
「構わないとも」
わーいと喜ぶように治小は生えそろっていない、背中にわずかにある羽毛のような羽をぱたぱたとさせる。そのまま、ぴょんっとまさきの手から飛び降りると突進の勢いで王子さまの膝の上に乗る。よじよじとブレザーに爪を立てて登ると手を差し出した王子さまのそこにのっかる。
普通洋服に爪を立てれば穴が開いたり裂けてしまうこともあるが、瑞獣の王であり神獣である治小はそういうことにならない。爪を立てられた王子さまだったが全然痛くなかった。そして満足げに鼻を鳴らすと、今度は何か訴え始めた。
「みぎゃぎゃ、みぎゃん」
「なんでしょうか、治小様」
「治小、栄幸さまもおれと同じで、なに言ってるかわからないぞ?」
困惑したように眉と肩を下げた王子さまに、下座からまさきは口を出す。それで、王子さまにも自分の言葉が伝わらないと気づいた治小は。今度は王子さまの手の上から飛び降りると、てくてくと走って王子さまの後ろに回る。治小にとっては走っているつもりでも、どこかよちよちとしたその動きはまさきたちには歩いているようにしか見えなかったが。
それを追いかけるように首をまわした王子さまたちだったが次の瞬間。
「痛っ…!」
「え? ってこら治小!」
「「王子様!!」」
正座していた王子さまの足の指に治小がかぷりと噛みついたのである。まだ完全に歯が生えそろっていないことと、靴下を履いていたおかげで痛いというよりびっくりしたというのが正しいが。びっくりして腰を浮かせた王子さまだったが、ちょうどその時。本当にちょうどよくもお城についた牛車が停まったせいで、そのまま勢いをつけられてまさきの方に倒れ込んだ。
「わっ!」
「え!?」
「王子様!」
「おおおお王子様! ふ伏御まさき様!」
突然のことに受け身も取れなかった王子さまはまさきを押し倒すように倒れ込む。一瞬の出来事に硬直してしまって受け身が取れなかったのはまさきも同じだった。畳の上に押し倒されたがなぜか痛くはなかった。
倒れた王子さまに弓削朔月と美羽琴乃も軽く腰を浮かせて叫ぶ。ちなみに、犯人である治小はなぜか満足そうに上座にぽっちりと座りふんすと鼻を鳴らしていた。
「王子様? どうかなさいましたか?」
城の中へ入る途中、王子様の牛車を見つけ中から叫び声を聞いた日比谷海徳が失礼しますねと声をかけてから御簾を持ち上げ中をのぞくと。ノノウに影族で変装をしていたと報告を受け、まさきの本当の姿も写真で見ていた日比谷海徳補佐官は。
「…あらあら、本当に早熟ですねぇ」
王子さまに押し倒されているまさきがいた。
唇同士はあと数cmでくっつきそうで、王子さまの身体は完全にまさきに覆いかぶさっている。お互い思ってもいなかった体制に固まっており、吐息が顔に当たるほど近い。まさきの長い髪は畳にまるで黒い絨毯を引いたみたいに広がり、王子さまの肩よりちょっとしたまである長めの髪がさらさらと首に当たってくすぐったい。
弓削朔月はうつむいて頭を抱えており、美羽琴乃は見てはいけないものを見てしまったように両手で顔を覆っている。その顔色は赤かった。ただ、指の隙間がだいぶ空いており、そこから真っ紅な目が覗いていたが。
にやにやと美少年同士の戯れに緩む口を隠すため日比谷海徳補佐官は着ている神官服の袂で口を隠すが、愉快そうに目尻が下がっているため笑っているのがよくわかる。
「ち、違う! 日比谷補佐官!」
「おや、違うんですか? まさきくんの顔は真っ赤ですよぉ?」
「え…」
日比谷海徳補佐官が他人をからかうのが大好きであると知っている王子さまは急いで反論するが、日比谷海徳補佐官が手で示した方。自分の下にいるまさきを見た。
その白い肌はよく熟れた林檎のように紅く染まっていて。大きな黒目はうるうると潤んでいた。恥ずかしそうに視線をあっちこっちにやって、王子さまと目が合うとさっとそらす。手を胸の前できゅっと握り肩をすくめ、ただでさえ小さい身体をさらに小さく見せようとしていた。
そんな初心とも言える、恥ずかしくてたまらなさそうなまさきの様子に、王子さまの頬も燃えるように熱くなる。
2人してかあああっと赤くなり押し倒した現状のまま硬直してしまっているのを見て、どうしたもんかと思案するように弓削朔月は顎に手を当て、美羽琴乃はいまだ指の隙間から王子さまとまさきを見ていた。ちなみに日比谷海徳補佐官はにまにまと袖で隠しながら笑っている。
「ま、まさき…」
「その、ど、どいて。ください…」
「あ、ああ。すまない」
「うう、おれ誰かにこんなことされたの初めてです…」
王子さまに上から退いてもらったまさきは、いまだ紅い頬をごしごしと勢いよく撫でて。うるうるの眼差しで王子さまを見た。それにごくりと白い喉を鳴らして、そっとまさきに手を伸ばす王子さま。まさきはなんだろうとその手を、ただ首を傾げてじっと見ていた。
一瞬ぎらっと光った王子さまの青い目に、さすがにこれ以上はやばいと判断した弓削朔月が声をかける。
「王子様! 王がお待ちですよ!」
「あ…ああ。そ、うだな。すぐに行こう」
「かか階段お出ししますので」
「私は先に行っておりますねぇ」
「ありがとう、美羽」
その声にはっとした王子さま。まさきへと伸びた白い手は途中で止まり、何かを耐えるようにぎゅっと握ると。王子さまは弓削朔月に促されるまま牛車を降りて行った。
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