第23話

「おおおお王子様。おお疲れ様でした、お帰りの準備出来ております!」

「ああ、すまないなありがとう美羽」

「い、いいえ。もももったいないお言葉です」


 牛車の前で待っていたまさきよりも小さい女子、美羽琴乃に王子様が儚く微笑みかける。いつもなら学校が終わると具合が悪くなって手を挙げるだけで精一杯の王子さまだが、今日はまさきが手を繋いでいてくれるおかげで清々しい気分だし、片手でまさきと手を繋ぎもう片方はかばんを持っているため手を挙げられない。


 王子さまの手から繋がっている先にいたまさきを見て、美羽琴乃はびっくりする。美少女もかくやというような少年が立っていたからである。少年だと分かったのは学制服姿でスカートをはいていないからだ。ちなみに女子は茶色いスカーフのセーラー服である。

 だが、ふいに吹いた黒い風に「王子様のご婚約者であらせられる伏御まさき殿です」と伝えられ、美羽琴乃は気絶するかと思った。ふらっとよろめいた美羽琴乃を、王子さまとつないでいた手をぱっと離して駆けだしたまさきが支える。


 ほとんど瞬間移動と言ってもいい早さに、王子さま付きでありノノウの長・木漏日は。もしまさきが女で王子さまの婚約者でなければぜひノノウに欲しい人材だったと残念に思う。


「大丈夫ですか?」

「だだだ大丈夫です、あありがとう、です」

「具合が悪そうなら言ってくれ、美羽」

「だ大丈夫です、本当に。ご心配にはお、及びません」

「そうか? ならいいんだが。まさき、美羽琴乃。僕のお世話係の1人だ。美羽、こっちは」

「ふふ伏御まさき様ですね、ノノウからお話し聞いてます」


 こっくりと頷いて知っているから自己紹介はしなくてもいいと手で制す美羽琴乃。自力で立ちお礼を言ってまさきから離れると牛車の中から折り畳み式の階段を取り出す。それを設置して御簾を巻き上げる一方の紐を掴む。その美羽琴乃の仕草に、弓削朔月も御簾の紐を持つと1,2と合わせて一気に巻き上げる。

 すると王子さまは当然のように、まさきの小さな手を取ると靴を脱いで階段を上がり御簾をくぐる。中には畳が敷いてありその中の一段高くなったところに王子さまは座った。まさきも王子さまに倣って靴を脱いで階段を昇り、中に入るとするりと手をほどき下座。一段下がっているところに座った。さすがに王子さまと同じ上座には座れない。王子さまが上座の一段高くなっているところに座り、その下にまさき、弓削朔月、まさきと向かい合うように美羽琴乃が座った。美羽琴乃の横には折り畳み式の階段がおいてある。


「横に来ればいいのに…」

「いや、無理ですって!」

「王子様、婚約者になっただけでまだ正式ではないのですから」

「そそうですよ、上座はおお王族だけが座るとこです」


 ぶんぶん顔を横に振るまさきに、残念そうに王子さまがしょんぼりする。畳についたまさきの長い黒髪が首を振るのにつれてぱさぱさと音を立てた。聞きなれないその音に、ぴょこりと顔を出したのはお昼寝から目覚めたばかりの治小である。


「みぎゃ」

「あ、お前ちゃんといい子にしてたな。偉いぞー」

「みぎゃぎゃ!」


 いい子いい子と頭を撫でられて、耳を伏せながら嬉しそうに笑う治小に。王子さまは可愛いまさきと可愛い治小の戯れにうっとりと目を細め、成獣の治小を見たことのある弓削朔月と美羽琴乃はひくりと口の端をひきつらせた。

 治小神社の御神体であり、聖霊工房・聖霊棚にて玉都をひいてはさえり王国を見守っているはずの神獣がなぜこんなよちよちとした姿に。


「そういえばまさき、その姿の時の力がきいてると言っていたがどういう力なんだ?」

「おれ、木々と水を司る神社の巫でもあるんです。木々は育みと清浄、水は再生と輪廻の象徴で。だからお神さん…その神さまの加護を受けているおれは、存在するだけで場を清める力があるんです。人形ひとがた…あー、人間の姿でも力が大きすぎるんであふれてきちゃうみたいなんですよね」


 生まれた時はまるでコップに入れた水が縁のぎりぎりで収まっていたようなそれが、年々あふれ出してきたと指先で治小を可愛がりながらまさきは苦く笑う。困ったようなその笑顔すら可愛らしくて、王子さまはぎゅっとブレザーの胸元を押さえた。

 その力の大きさを思って、弓削朔月は眉をひそめ美羽琴乃は素直に驚嘆した。


「なんだそれは」

「すすすすごい、です」


 通称『神々の楽園』と呼ばれる神社の巫であり神子。神にもっとも愛される魂を持っているから、ということは控えておこうとまさきは思った。なんだか面倒くさいことになりそうだし、もしその神社に連れて行けと言われてもまさきには連れていけない。

 そこはまさきの母、伏御愛佳の家系が代々祀っている神・コトイ大御神の神域にあり、まさきの一存では連れていけないから。まあ、なんだかんだというかめちゃくちゃまさきに甘い神さまのコトイ大御神。いつも「お神子さまー」とまさきを呼び、いつでも呼んでくれていいからね! と言ってくれる寛容な神である。

 もしかしたらまさきが1言言えば簡単に連れて行ってくれるかもしれないが、それはそれでまた面倒なことになりそうだ。

 大型犬のように駆け寄ってくるコトイ大御神の笑顔を思い出して、くすっと笑ったまさきに、一気に牛車の中の空気が華やかになる。


 どこかふわふわと花が飛んでそうな雰囲気に、まさきの笑顔に王子様も嬉しくなってにこにこする。

 その姿はまるで白百合と牡丹の花のようで。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と美人の代名詞として例えられるほど、美しいもの同士の微笑みは大変絵になって…。

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