第21話
「っていうか、息がしやすいっていうのは…その。おれの体質が関係あるかもなんですけど」
「「体質?」」
「どういうことだ? まさくん?」
「その、おれ。穢れを浄化できる体質だから…だと思うんですけど」
「「「穢れを浄化できる体質!?」」」
気まずそうにおずおずと言ったまさきに、3人は目を剥かんばかりの勢いで食いつく。王子さまはその身体と高潔な魂ゆえに骸虫に狙われる存在だ。穢れをため込んだり吸い寄せる体質だと言ってもいい。
なら逆に、穢れを浄化できる体質のものがいてもおかしくはない。そんな存在がいるのならぜひとも欲しい。王子さまとセットで置いておけば王子さまの穢れに弱いのも楽になるはずだ。少なくとも、穢れによって教室にいるだけで体調を崩すようなことはなくなるはずである。現にいつもは学校が終わるとぐったりしている王子さまは、いまは叫べるほど元気である。
この時点で弓削朔月は王子さまの側にまさきを置いておくことを決めた。
ただ。
「なんでそんなことがわかるんだ? 穢れが出るのは玉都だけだろ」
各藩にそれぞれ結界師すら配置して、新たな穢れの噴出場所が出ないように見張っているのだ。その上にさらにさえり王国全土にわたる結界を張っているため、いわば2重結界で穢れや骸虫の噴出を抑えている。
玉都という一か所だけに穢れの噴出、骸虫の出現をさせることによりさえり王国はその他の藩の民の安寧と秘密の保持、対処をしやすくしている。それなのに咲玉に穢れが出たのだろうかと王子さまや弓削朔月は眉をひそめる。
一方、まさきからそんな話は一度も聞いたことのなかったたまきは呆然としてしまっている。
「あー…えーと。その…」
「なんだ、はっきり言え伏御まさき」
「ゆっくりでいい、教えてくれないか?」
「おれ、人間じゃなく、て」
うつむきながら言いづらそうに首もとのチョーカーを触りながら言うまさきに、たまきが目を見開く。だが腕を組んだ弓削朔月は当然のように言う。きっとそこに花包石があるのだろうと踏んで。
「当たり前だろ。治小様は武器種族にしか見えないんだ。武器種族なんだろ?」
「いや、それも違くて…」
「違うのか?」
「え…人間でも武器種族でもないって。まさくん?」
「違うっていうか、武器種族でもあるんだけど。おれ、影族なんだ。だからそっちの能力がきいてるっていうか」
「「「影族!?」」」
影族。それは当の昔に滅びた、もしくは別の世界を渡りこの世界からいなくなったとされる種族である。『
さえり王国の祖は影族だったと言われているが、そんな伝説上の生き物が今目の前にいる。そのことに驚いて叫んだ3人に、まさきは唇に手を当ててしーっと静かにしてとのポーズをした。そんなまさきの可愛さにとくんと王子さまの胸が高鳴る。
「…影族ってわりには、容姿は普通なんだが」
「ああん!? まさくんは可愛いだろうが! てめーの目ん玉おかしいんじゃねえのか!? 大体親友の方って言ったじゃねーか! 婚約者になってんぞ!」
「なんだと!? それはお前が余計なこと言ったからだろうが!」
「弓削、まさきは可愛い」
「いえ、これ偽体って言って変装用の身体みたいなものですから、こっちを可愛いと言われても…そ、それに! おれなんかより栄幸さまの方が可愛いです!」
子犬や小動物のように可愛いと言っても、特筆すべきはその身長と可愛らしい雰囲気だけなまさきについ弓削朔月がぽそりと漏らすと、モンスターペアレントならぬモンスターリレイティブであるたまきからすかさず睨みが飛んでくる。それに応じるあたり仲がいいのか悪いのか。
わたわたと手を振りながら否定するまさきに、いままで可愛いなんて子どものころに両親にしか言われたことのない王子さまは困惑する。
「まさきの方が可愛いのに」
「栄幸さまのほうが可愛いです!」
「俺からしたらどっちもどっちなんだけど…」
「…珍しく気が合うじゃないか、伏御たまき」
まさきの方が可愛い、栄幸さまの方が可愛いと言いあっているというかいつの間にか手をつなぎながら仲良く言っている2人を見ながらたまきがぼやく。もちろんすぐにその手を離させたが。王子様からは不満そうな視線をいただき、まさきは首を傾げていた。どうやら手をつないでいたことに気付いていなかったらしい。これは王子さまから握ったんだなと思ったが、相手が相手のため睨むことも出来ずたまきはかわりに弓削朔月を睨んだ。睨まれた本人はひょうひょうとしていたが。
「変装用と言うことは、変装していないまさきはどうなんだ?」
「そんなに面白いもんじゃないですけど…見たいですか?」
「まさくん、俺も見たい!」
「気になるな」
「…二目と見られないような容姿になったとしてもですか?」
じっとまっすぐに王子様、たまき、弓削朔月の順番で顔を見ながら、まさきは問いかける。かちかちと時を刻む時計の音だけが、静かな教室に響いていた。
「? どんな姿だろうとまさきはまさきだろう?」
「何言ってんだよ。俺、まさくんの叔父だぞ? いくらまさくんでも俺の愛を疑うのは許せねーよ?」
「…伏御たまき、頼むからややこしい言い方するな」
犬歯を見せて笑ったたまきにくしゃくしゃと頭を撫でられて、まさきは唖然とする。「どんな姿だろうとまさきはまさき」その言葉が、じんわりと胸に染みわたってきて。頭を撫でてくれるたまきの手の温かさが優しくて。
だってだって、いままでずっと嘘をついていたようなものなのに。それでも受け入れてくれるなんて考えもしなかった。醜い姿になるかもしれないと言えば拒絶されると思ったのに。なのに、なのに。なんでこのひとたちはこんなに優しいのだろうか。
胸からなにかがぐっとせりあがってきて、目頭が熱くなって。まさきはそっと目を伏せた。
そして。
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