第20話
「城に帰ったらまさきが『おかえりなさい』って駆け寄ってきて…。食事も広い食卓に1人じゃなくて、まさきと一緒で…」
「栄幸さま、1人でご飯食べてるんですか!?」
「まさくん、そこじゃない!」
「王様はお忙しく、王妃様はお身体が弱くていらっしゃるんだ。伏御まさき。と言いますか王子様、伏御まさきも学校に通っているのですからそれは無理かと…」
咲玉にもあった伏御飴細工工房の屋敷で、まさきはいつも両親と工房に勤めている飴細工職人たちと一緒に朝と夕ご飯を食べていた。
昼食ですら給食で、1人でご飯を食べたことなんかない。それが、王子さまは広い食卓に1人でご飯を食べているという。その光景を思い浮かべて、あまりの悲しさ、寂しさにまさきはうるっと目を潤ませる。
どこかずれている甥っ子にたまきは両手で顔を押さえ頭を振りながらツッコミを入れた。言葉を付け足した弓削朔月に至っては頭が痛そうに抱えている。
うるうるの目で見上げられて、ますます王子さまの心はもうきゅんきゅんとうずく。うずきまくる。この可愛い生き物が毎日一緒にいてくれて、寝る時も「おやすみなさい、栄幸さま」なんて眠そうに目をこすりながら舌ったらずな口調で言われたりなんかしたら。
「婚約者…いい」
「栄幸さま? なにか言いました?」
「いや、なんでもない。ノノウ」
「此処に、王子様」
しゅたっと天井から黒い影が下りてくる。それは風を切って降りてきただけで教室の床に降り立つさいには音もなかった。右足を引いて王子さまに跪くと深々と頭を下げた。身体の凹凸を見るに女性だろう。忍者装束で顔はわからなかった。
王家には王族、王様・王妃様・王子様にそれぞれ仕える「ノノウ」という女忍者集団がいる。それは小さなころから素養のあるものが各地から集められ、符術を仕込まれ王族の役に立つようにと育てられている。
それを知っている玉都民たちは風が突然吹いたり黒い人影が見えると、ノノウが走っているのだなと思って特に気にも留めない。というより、基本的に映画のセットのような古風な都である玉都。外観を壊さないように業者は制服を玉都に申請し、それが都に合わなければ却下されるくらいの徹底ぶりである。出かける時は皆着物か制服で、洋服でいていいのは家の中と観光客くらいである。
さっき転ばされたまさきは初めて見るノノウにびっくりし通しである。たまきはと言えば見たことのある黒影にただでさえきつい目つきをさらにきつくさせ、なぜノノウを呼んだかわからない弓削朔月は眉をひそめる。
「王子様? 一体…」
「父上に婚約者が出来たと伝えてくれ」
「出来てません!! まさくんは違います!」
「栄幸さま婚約者いらっしゃったんですね、きっと美人さん…おれぇ!?」
弓削朔月が話しかけるのを遮るように、王子さまはノノウに用件を伝える。すぐにノノウは「はっ」と答えるとまるで風のように走り去っていった。あわてて止めようとしたときにはもう黒い点になっていて。うんうんと頷きながら、ちょっと心の中で婚約者がいることに落胆しながらもなんでそんなことを思うのかわからないまま表面上は頷いていたまさきだったが、たまきの言葉で王子さまを仰ぎ見る。弓削朔月は完全に頭を抱えてしまっていた。
「まさきは嫌か? 僕はまさきといると落ち着くし息がしやすい。父上は母上といると心地よいから一緒になったと言っていた。これは違うのか?」
「うっ…」
「まさくん、絆されちゃダメだ!」
武器種族は最近…でもないが第2の種族になったばっかりだ。そして王子さまの母であり国母である王妃さまは武器種族である。そこに政治的な思惑が一切なかったとは言わないが、少なくとも本人たちはきちんと恋愛をして愛を育んでいたようだ。
そしてそれは息子である王子さまに伝えられ、そういう相手を見つけるのよと教えられていた王子さまは一目見た時から胸をときめかせ、側にいると心地よいまさきを気に入っていたわけで。
思わずというか、きらきら星を閉じ込めたような瞳で見つめられ白百合が雨に打たれたみたいな悲し気な王子さまの様子に息を詰めるまさき。何も悪いことなんてしていないのにまるで自分が大罪を犯してしまったような罪悪感がある。
そしてまさきはこの儚げな王子さまの伴侶となることが別に嫌ではない。いや、びっくりはしたが。そもそもこの麗しさの体現者のような王子さまを嫌えるわけがない。絆されかかっているまさきにたまきがこぶしを握って叫ぶ。意志が弱いわけではないのだが、この甥っ子は流されやすいところがあるから。
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