第19話
「伏御まさきは王子様の友達になったんだ。王がぜひ会ってみたいとの仰せで、城に行く」
「…友達になったくらいで城に?」
「名前呼びも許している。意味は分かるな?」
「! ま、まさくんは嫁にやんねーからな!」
「嫁っ!?」
淡々と説明する弓削朔月に、その内容に眉をひそめたたまきだったが。名前呼びを許している意味を考えろと言われたことでぎょっと目を剥いてまさきを腕の中にかばう。くすぐったそうに笑っていたまさきだが、いきなり嫁とか飛躍した話にたまきの腕の中で笑顔のまま固まる。
王子さまも王子さまでまさきを腕の中に閉じ込めているたまきに頬が膨らみっぱなしだ。可愛い仕草に周りの生徒たちの中には幸せそうな表情で倒れる生徒も出てきたが、皆自分が倒れないように机や椅子にもたれかかったりすることで精一杯で。周りに構ってはいられなかった。
「親友の方だ馬鹿たれ!」
「誰が馬鹿たれだこらぁ!」
王子さまのお世話係である弓削朔月。高校生であってもその社会的地位はそこらへんの大人どころか教師でさえ敬語を使わなければならないほどトップクラスだ。そんな弓削朔月に、たまきは遠慮なくタメ口である。これは別に親しいからとかではなくただ単に、そのすました顔も何でもスマートに何でもできて当然といった態度も気に入らないからだ。
そしてそれは弓削朔月も同じで。王子さまのお世話係となるために普段から己を律して努力を怠らない弓削朔月は、気に入らなければ反発し授業も平気でサボりながらもテストの点はいつも上から数えた方が早い不良であるたまきが気に入らない。ようはお互い嫌いあっているわけである。
叫ぶように馬鹿たれだアホだてめーの方がアホだと低レベルに罵り合う2人に、そんな弓削朔月を見たことなかった王子さまはきょとんとする。同じく、まさきの前ではいつもにこにこしていて不良みたいな見た目だが根は優しいたまきが謗っているのを聞いたことなかったまさきもぽかんと口を開ける。
「ゆ、弓削?」
「あ…申し訳ありません、王子様。御前で汚い言葉を」
「た、たまちゃん。落ちついて。栄幸さまとは友達になったんだよ!」
「そ、そうなのか? ならいいんだけど…。本当に友達だよな? 間違っても恋人とか婚約者じゃねぇよな!? まさくん」
「おれが栄幸さまの恋人なんて畏れおおいよー」
おずおずと弓削朔月に呼びかけた王子さまに、はっとした弓削朔月はあわてて頭を下げ汚い言葉で御前を汚してしまったことに謝罪する。まさきもいまだがるるると唸りそうな勢いで犬歯を剥いているたまきを落ち着かせようとくいくいと学生服の裾を引っ張って自分に視線を向けさせ。まさきに視線を向けたたまきが顔を近づけながら早口で尋ねてくるのに、へにゃりと笑いながらあり得ないだろうと言外に伝える。
そんなまさきから弓削朔月はそっと顔をそらすことしかできなかった。明らかに度を超えた友情を持っている王子さまのことをなんて伝えればいいのかわからない。というか、あれは友情なのかもわからない。
「てめーなんだその反応は!」
「いや、なんでもない。…なんでもないって言ってるだろうが!」
「なに逆ギレしてんだこの野郎!」
「ちょっと、栄幸さまの前だよ! 2人ともやめなってば!」
目をそらした弓削朔月をそれでもじと目で見やるたまきに、キレた弓削朔月は噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る。
「まさきが恋人…まさきが婚約者…」と顎に手を当てて考え込んでいる様子の王子さまなんて知らない。少なくとも、弓削朔月は見たことがない。というか見たくなかった。
まさきはおろおろと2人の間でどうしようかと惑い止める声を出した。
ちなみに、周囲の生徒たちは自分たちに被害が出ないうちにそそくさと帰宅してしまっていて、教室にはまさきたちしかいなかった。
「栄幸さまの前」その言葉に、さすがに御前での喧嘩は無礼にあたると判断した弓削朔月が頭を下げ、それに倣ってたまきも気まずそうに王子さまに礼をする。
「申し訳ありません、王子様」
「…すみません」
「ごめんなさい、栄幸さま」
「あ、いや。気にしないでくれ。少し驚いただけだから、顔を上げてくれ」
止めようとしていたまさきにまで謝られて、王子さまは胸の前で左手を横に振る。別に無礼だとか咎める気は一切ない。ただ、いつもとは違う弓削朔月の一面を見てびっくりしただけだ。
きゅううんと子犬が叱られて落ち込んでいるような声が聞こえる。というかまさきに垂れて情けなくなった犬耳が見える。あまりのお似合いさにきゅんきゅんしている王子さまには気づかず。
まさきが申し訳なさそうに頭を下げた。そんなまさきを見たくなかった王子さまはもちろんすぐに頭をあげさせたが。
「でも」
「いいんだ。それにしても」
「それにしても?」
「まさきが恋人で婚約者か…」
「いつまで引きずるんですか!? それ」
ぽそりと呟いた王子さまに、まさきが思わずツッコミを入れる。
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